前途は血に濡れて


鎹鴉に導かれ辿り着いた場所には、十数人の隊士が緊張した面持ちで視線を交わしていた。
今、私の隣に炎柱様はいない。
ひとりで隊士たちに近づく足取りは、未だ仲間の目に怯えてしまう心のせいで少し重かった。

『炎柱・煉獄杏寿郎!!継子・みょうじなまえ!!
直チニ北へ向カエ!合同任務デアル!!』

数刻前、炎柱様の鎹鴉が放った叫び声が脳裏に蘇った。
初めての炎柱様との合同任務。
今回向かう場所は他の柱の管轄地だが、その柱は起きるのも儘ならない程の怪我を負っているとかで、急遽炎柱様にその任が預けられたらしい。
炎柱様は当任務の詳細を知る柱に一度話を聞きに、私は一足先に任務に向かうこととなった。

「俺が着くまで、君の責務を全うしろ」

その言葉と共に炎柱様の手が触れた背中はまだ温かい。
道すがら私の鎹鴉は心配そうに私を見ていた。
鎹鴉に詳細を尋ねれば、他の隊士たちにも協力を呼びかけていること、鬼は古城を根城にしていること、誰もその姿を見たことは無く、ただただ女は消え行き、男は無惨に食い散らかされた姿で城の堀に捨てられていることを教えてくれた。
その被害は甚大であると感じ取れたが、今日は炎柱様がいるのだ。必ず討ち取れる。
そう思う心とは反対に、未だ戦闘中に心が不安定に揺れてしまう自分の未熟さを炎柱様に見られるのが少し怖くもある。
じゃり、、、
迷いを忍ばせながら近づいた私の足音に、集まっていた隊士たちが一斉にこちらを向いた。
私の姿を捉えた瞬間、張り詰めた面持ちの数々が胸を撫で下ろしたが、とはいえその表情はどれも恐怖に呑まれており、死が一刻遠ざかったかという悲痛な安心感を物語っていた。

「……よく来てくれた。俺は勝浜虎路。階級は丙だ。」

一番体格の良い隊士が晴れない顔のまま私の肩を叩く。まるで彼の手から恐怖の感情が流れ込んだかのように、背筋がぶるりと震えそうになった。
震えを奥歯で噛み殺し、ぐるりと視線を巡らせれば、たった1人の女性隊員が縋るように私を見つめているのに気づいた。
同い年くらいだろうか。芥子色の首元までの髪が心許なく夜闇に浮かび上がっている。
なんだか「道連れができてよかった」と言われている気がして思わず視線を逸らした。
それにしても、さっきから変な匂いが辺りに漂っている。生臭いような、肉が腐ったような。

「みょうじなまえです。階級は戊になります。あの、来て早々ですが、この匂いは?」

「……堀を覗いてみろ。」

隊員たちの向こうに広がる暗闇に視線を投げる勝浜さん。隊員たちは何も言わず、ただ目を伏せている。何が待っているのかと唾を飲み目を凝らし一歩一歩近づくと、突然目の前の地面が途切れた。

「っ……」

慌てて飛び退き、遥か下に広がる真っ黒な空間に目を凝らす。
むわ、と生暖かい空気が下から私の鼻腔を撫でた。途端に強烈な生臭さが肺を埋め尽くして、反射的に嘔吐く喉を必死で抑えた。
血だ、血の匂いだ。
まだ新しい鉄臭いもの、腐敗臭まとう粘っこいもの、それらが段々と形を成して、闇に慣れた私の目に映る。
あれは……顔、か?歪に抉れた輪郭から何かがゆらゆらと垂れている。小さくて白い…目玉だ。
胴から離れた手足があちこちに散らばっているのが見えた。はらわたを引き裂かれた胴体はつぶつぶとしたものが蠢いていて、目を凝らさずともそれが大量の蛆虫だとわかった。
そんな死体が堀いっぱいに所狭しと浮かんでいる。
その時、遥か上空からパタリと布のはためく音がした。なんだ、と顔をあげた瞬間、目の前を大きなモノがすごい勢いで落ちていき、ビチャリ!!!!という水音が鼓膜に届くのと同時に、生暖かい液体が、堀に身を乗り出した私の顔にかかった。
ザワワワワワッと肌を駆け巡る気色悪さ。かかった液体から凄まじい匂いが脳天を殴りつけてくる。これが、この液体が何かなんて……考えたくない。
ぎゅっと瞑った瞼の裏で、目の前を落ちる一瞬に見えた「滅」の文字が白く浮かんだ。
……鬼殺隊士だったのか。先に城へ踏み込んだ仲間に違いない。
せりあがる胃酸をやっとの思いで飲み下した。

「……おい、大丈夫か?」

仲間の隊士の声に、強張った体を無理矢理動かして顔を拭う。
城に入る前からなんて様だ。炎柱様に「責務を全うしろ」と言われたのに……。

「すみません、大丈夫です。」

そう言った私に白いハンカチが差し出された。先程の芥子色の髪の女の子だ。よかったら使って、と言われるものの、見るからに上等そうなそのハンカチを借りるのは躊躇われた。

「え、でも、汚れちゃうよ…」

「いいの。バイ菌でも入ったら大変だもの。」

ハンカチを受け取らない私にそう言って、無理矢理顔を拭うその子。ハンカチからはふんわりと石鹸の匂いがする。

「ありがとう。えっと…」

「しずえ。陽賀しずえよ。」

「ありがとう、しずえさん。ハンカチ汚しちゃってごめんね。」

気にしないで、と微笑むしずえさんに私も釣られて笑い合うと、そんな私たちを嘲笑うかのように1人の隊士が笑い声を上げた。

「お前じゃねえみたいだな、例の奴は。」

「例の奴…?」

下からじろりと舐めるように見つめる隊士と目が合った。背こそ高くは無いものの、がっちりとした体格から腕の立つ剣士なのだろう。黒髪を風に揺らしながら、意地悪そうな口角もとが釣り上がっている。

「知らねえのか?『死神』だよ。今日の任務はそいつが来るって聞いたんだけどなぁ。」

死神。
つい最近聞いた名前だ。
隊士がその名前を口にした途端、辺りに緊張感が走る。
彼らの表情には恐怖が色濃く表れていた。
死神という二つ名は、その強さを讃えるものだと思っていたけれど。彼らの表情にはただ絶望と恐怖心が浮かんでいて、二つ名の意味は私の勘違いだと気づいた。

「俺は稲玉獪岳。同じ戊同士よろしくな。
……死神に殺されないよう気をつけろよ。」

少しもよろしくと思っていない表情で差し出された手を、遠慮がちに握った。




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