血濡れた拳を握りしめ


ぐるりと私の周りに、正確には私の隣に座した煉獄さんの周りに集まる人たちは誰もが口を噤んだままだった。
日も暮れ夜の帳が下りる中、重く、ピリついた空気に自分の呼吸音さえひそめてしまう。

先程、自分に起きた事の顛末ーーー、拉致され不死川さんと弟の玄弥君に助けられるまでの一部始終を、宇髄さんに促されて話したのだが。車内で襲われかけたことを口にした瞬間、空気がビシッと張り詰め、一変した。原因は隣に座る煉獄さん…だと思う。
額に青筋を走らせ異様なほどの殺気を放つものの、煉獄さんは最後まで静かに話を聞いていた。
その様子に、軽はずみに口を開く者などいるはずもなく。
ようやく話し終えた時には、私の声ばかりが夕闇に心許なく消えていったのだった。
……ふーーーーー、と沈黙を破ったのは、煉獄さんの長い長い溜息で。暴走する怒りを力づくで抑えつけるようなその溜息のあと、重い口が開かれた。

「…………潰すか。」

低い声に、チームメンバーの各々が鉄パイプやらナックルサックやらを取り出していく。
おびただしい数の見慣れない武器に、これから起こる惨劇が嫌でも思い浮かんで背筋をぞくりと冷たい感覚が走り抜ける。
衣摺れの音や金属音が響くなか、不死川さんの手が肩に置かれた。
見上げれば、悪ィなァ、と苦い顔で見下ろす不死川さん。

「チームとしちゃぁ、示しつけるしかねェんだ。」

「…うん。」

隣の煉獄さんは腰を上げ、宇髄さんと何かを話している。
この後のことを話しているんだろう。この人数で武装するってことは、あの男の人たちだけじゃなくて、敵のチームに乗り込みにでも行くのだろうか。
敵のチームってどれくらい強いのかな。
誰かが、煉獄さんや不死川さんが怪我を負ったりしないだろうか。そもそも事の発端は私だ。私が連れ去られたりしたからーー。
湧き上がる不安を込めて煉獄さんを見つめるも、煉獄さんから眼差しを向けられることはなかった。
緊張感と怒りの走る煉獄さんの横顔は、こんな時でも綺麗だ。
着々と襲撃の準備を始める男達の中、私だけ取り残されたように不安を抱くことしか出来ないのだった。





「一発だけだ。」

静かに言い放った煉獄は、言いようもないプレッシャーをその全身から放っている。さっきのなまえの話からまたもや怒りに火がついたのだろう。
チームメイト達から離れ、俺と煉獄だけで玄弥と男達の待つ場所へ向かう道すがら、俺はその迫力をびりびりと肌で感じていた。なんつーか生存本能がこいつの隣にいることに危険信号を発している。
まあよく怒りを抑え込んだものだ。
俺様の知ってる煉獄ならば、なまえの話が終わる前に男達を殴り殺していただろう。 
いや、男達をだけじゃなく、こいつらのチーム丸ごとをたった一人で壊滅していたかもしれない。煉獄にはそれが出来てしまうのだ。それだけの力と戦いのセンスを持っているのが煉獄という、俺の自慢の相棒。
それが一発と言った。煉獄の私怨をたった一発に収めると。そうさせたのは、なまえという少女に他ならないのだろう。
じゃり、と踏み締める地面には、潰れた車から引き摺り出された男達が力なく身を伏している。
そのうち1番体格のいい男の髪を掴み、顔を上げさせる煉獄。その体格のみならず、緑のパーカーにゆるいパーマ。なまえが語った、車中で襲ってきた男の出立ちと一致している。
玄弥にやられたのだろうか、腫れた瞼に狭まれて瞳は開き切っていなかった。

「おい」

ぴくり、と厚ぼったい瞼が震えた。
聞き覚えでもあるのだろうか、煉獄の声に怯えるその心情が様々と顔に表れている。

「……お前ら全員を、地獄に叩き落としてやりたいくらいなんだがな。」

「っ……」

「ははっ、怯えているのか?
身の程も知らずお前らから手を出しておいて、虫のいい話だ。」

喉は潰されたのか、声も出さずにわなわなと唇を震わせてる男の様子に、面白くも無さそうに乾いた笑い声を響かせる煉獄。
さらに髪を持ち上げれば、ぐいっと反らされた喉が力なく嚥下した。
飲み込んだのは恐怖か。
肉に埋もれた隙間から瞳が見え隠れしている。

「なまえ、というんだがな。俺の大切な女は。
可愛かったろう。お前の汚い手で泣き叫ぶなまえはどうだった?え?どうなんだ。」

淡々と放たれる言葉に、唇は震えるばかりで答えなど到底聞けそうになかった。
苛立ちを抑えられないのか、己の眼前に男の顔を引き寄せ、その瞳を射抜く煉獄。

「……喋れぬ口などいらないと思わないか?丁度刃物があるんだ。」

ふーっふーっと恐怖に呑まれた男の息が激しくなっていく。煉獄はポケットから取り出したバタフライナイフを器用に操り、いまだ震える男の唇の隙間に差し入れた。
とん、とん、とナイフを指で叩くたび、鋭利な切先が唇の端に食い込む。

「あぁ、少し力を入れれば簡単に切れそうだ。……怖いか?お前に力づくで捩じ伏せられた時、なまえも同じ恐怖を味わっただろうな?ははっ、口が裂ければ破瓜の痛みもわかるか。」

「……ぁ…ごえ’’んなざい…ごべん、なざ…」

「はっ!喋れるじゃないか!!」

遂に泣き出し、嗚咽と共に潰れた喉から声を絞り出す男。
男の謝罪を遮るように声を上げた煉獄は、あちこちに落ちるガラスの破片やら小石やらを掴み、開きかけられた男の口へ押し込んだ。

「…死にたくなければ歯を食いしばれ。」

「あ’’っ…ひゃ、やめ’’」

口いっぱいの石とガラスが擦れる音に紛れ聞こえる男の声。
大きく振り上げられた煉獄の拳が、容赦なく男の右頬に撃ち込まれた。
ぎゃりっ!!!!
到底人体からは鳴り得ない音が暗闇に響いて、どさりと男の頭が地面に落ちた。

「あーりゃりゃぁ、ガラスが頬の皮突き破って出ちまってるぜ。」

「あぁ。痛そうだな。」

「……お前その感想はサイコ感やばいぞ。
あーあ、こりゃ当分飯食えねェな、喋るのも無理そうだ。」

「死んではいないんだ。問題ない。」

腰を上げた煉獄の足元には、男の歯が転がっている。
まあ煉獄を怒らせておいて命助かっただけありがたく思わにゃあな。
玄弥に後を任せて、来た道を辿り始めた煉獄を追う。

「本丸叩きに行くんだろ?」

「あぁ。玄弥がめぼしい情報は吐かせたからな。
できれば今夜中に潰しておきたい。」

「なんで急に俺らのチームに喧嘩売って来たんだろうなァ。恨まれる真似なんてーー。」

「身に覚えがありすぎるな。」

小さく笑う煉獄。
ようやっと怒りは落ち着いたかとその肩を叩けば、ぽつりと煉獄が口を開いた。

「なぁ宇髄。」

「お?」

「俺は未熟者だ。」

「…あ?」

意図の掴めない言葉に思わず首を傾げる。
足を止めた煉獄の拳は堅く握りしめられていた。

「俺の役割は、傷ついたなまえを安心させる事だと、そう不死川に言われたんだ。……俺もそう思っていた。そう思っていたはずだったんだが。」

悔しさを滲ませた声が途切れた。
先程の不死川との諍いを思い出しているのか、煉獄は瞼を閉じ眉間を顰めている。

「俺自身がなまえを怯えさせてしまった。それを、不死川に諌められるまで気づかなかったんだ。
己の感情を律せず、大切な人を傷つけた。
……男として不甲斐ない!」

震える声が辺りに響いた。
なんとまあ煉獄らしい心情の吐露である。だが俺様から言わせてみりゃぁ、喧嘩でトップに昇り詰めた恋愛初心者がハナから誰ぞを傷つけないなどとはハードルが高い話である。

「おめーにしちゃあ、よく怒りを抑えた方だと思うんだがなァ。
まーでも、後悔してるっていうなら頭冷やしてから詫び入れな。」

まだ顔こえーからよ、と笑いかけると、はっとした顔で眉間の皺を指で解す煉獄。その様子に思わず吹き出してしまった。じろりとした目で睨まれる。
歩き出した煉獄を笑いを堪えながら追う。

「……とにかく、今日はなまえに顔を見せずに出発しようと思う。抗争前だ、気が立っているのが自分でも分かる…また怯えさせてしまう。」

「まあ、そーだな。チームのリーダーが女にベッタリって訳にもいかねーしな。んじゃどーすんだよ?下っ端に送らせるか?」

「……いや。不死川に任せる。
なまえも不死川には気を許してるようだ。」

「そうかよ。……いいのか?」

「あぁ。それにあいつがチームで一番早い。総戦力は早めに揃えたいからな。不死川ならすぐに追い付いてくれるだろう。」

煉獄と俺を見つけたチームメイト達が、各々のバイクに跨る姿が遠目に見えた。
ヘッドライトに照らされる煉獄は前を見据え、自分のバイクへと歩みを進めていく。表情は先程とは打って変わり、チームを率いるリーダーたる顔つきになっていた。
喧嘩も知らねえようなこいつなら、好いた女の為に一晩中だって側にいてやりたいと思うだろう。
そう思えば、この世界に道連れにしたことの後悔が少しばかり胸を焼くのだった。



prev next

back


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -