影が二つ


「手ェ出すこたぁなかったろ。」

数分前、メガホン片手にふざけていた宇髄が、やけに静かな声で話しかけてきた。
長身のそいつを見上げれば冷めた目で俺を見下ろしている。いつもの不遜な笑みとは正反対のその表情は、えも言われぬ威圧感を放っていた。

「うっせェ…いつから見てやがったァ」

突き返すように睨み返せば、ぷはっと吹き出す宇髄。ころっと変わった表情と共に放たれていた威圧感は一瞬で消える。
ったく、喰えねェ野郎だァ…

「まーまーそう睨むなって!見てたわ、割と最初からな。
煉獄も相当頭に血が昇ってたんだぜぇ?キレたあいつは誰にも止めらんねぇって知ってるだろ……そんな奴が空気なんて察せるわきゃねーだろーがよ。」

宇髄の言葉に、少し離れたところで喋る煉獄となまえに視線を投げる。
寄り添う2人の影が俺の足元まで伸びていた。

「わけもなくリーダー殴るわけねェだろうが。」

なまえの笑顔を見れば、ぽつりと言葉が漏れた。
あの時、煉獄がなまえの前で「玄弥がやらないなら俺がやっていた」と声に怒りを滲ませた時、ぴくりと肩を跳ねさせたなまえのその顔が、再び恐怖を浮かべているのを俺は見てしまった。
その瞬間、謎の焦りにどくんと心臓が跳ね、煉獄への苛立ちが湧き上がった。
簡単に怒りに身を任せる煉獄と、煉獄の袖を小さく掴むなまえと。
その様子が更に俺の心を揺さぶった。

てめェの怒りってのは常人のそれとは放つ圧がケタ違いなんだよ。早く気づきやがれ。
なまえをてめェが怖がらせてどうすんだァ。

喉から出かかる言葉を飲み下して、性に合わない回りくどい牽制をするも、煉獄には伝わらなかった。
男達を殴るために煉獄が一歩踏み出した時の、泣きそうな顔であいつに縋りつこうとしたなまえ。
声には出さずとも、その表情は「やめて」と叫んでいた。
止めなければ、と思ったその瞬間、拳が煉獄の頬を狙い動いてしまった。

「あんまり見ると煉獄が気づくぞ」

宇髄の声に、はっと現実に引き戻される。
にやりとした笑みを浮かべたままの気に食わない男を睨みつけた。

「……てめェの相棒なら躾くらいしとけェ」

「あんな大型犬、俺にゃ手に負えねえよ。」

ワン!とおどけて吠える宇髄に、青筋が額を走る。
なんなんだコイツはァ。
苛立ちをため息と共に吐き出して、一服して気を晴らそうと宇髄に背を向ける。
向かう視線の先には、煉獄と、煉獄の少し腫れた頬を心配そうに触るなまえ。
引き寄せられる視線を瞬きで遮った。
舌打ちが漏れる。

「人のもんには手ェだすなよ」

背後から宇髄の静かな声が聞こえた。






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