言葉を牙にして
なまえの顔を見て、バイクから降りた俺の足は止まってしまった。
遠目に不死川の隣に立つなまえを見つけた時は、降りたらすぐに優しい言葉をかけてやらねばと思っていたのに。
弟を呼びに不死川はここを離れ、なまえと2人きり。
なまえにかける言葉が幾つも胸に浮かぶも言葉にならない。
「なまえ」
「…煉獄さん」
安心したように眉を下げて微笑むなまえの出立ちが、彼女を襲った凄惨さを語っていた。
制服は汚れてくすみ、手足にはあちこちに擦り傷ができている。口元には、殴られた痕のような切り傷。
こんなにも傷つけたのか。なまえを。
どれだけ痛かっただろうか。
怖かっただろうか。
……同じ恐怖を味わせてやらねば気がすまない。
殺してやらねば、気がすまない。
腹の奥底から、理性を燃やし尽くさんとする猛烈な怒りが湧き上がってくる。
どす黒いその感情に呑まれてしまいそうだ。
なまえが目の前にいなければ、この怒りのままに男達を殴り殺していたかもしれん。
俺を真っ直ぐに見つめるなまえの瞳を受け止め、静かに、ゆっくりと息を吐く。
「…すぐに助けてやれず、すまなかった!!もう大丈夫だ!」
怒りを飲み込み、しっかりとなまえを見つめ返しそう言えば、綺麗な瞳を縁取る睫毛が震えた。
涙を堪えているのだろうか、何度もぱしぱしと瞬きをする仕草が愛おしくて、そっとなまえを抱き寄せた。すっぽりと腕に収まって俺の胸に身を預ける様子に、怒りを抑え込んだ胸中が少しずつ暖かくなっていく。
「……取り込み中悪ィなァ。」
背後から突然かけられた不死川の声に、ばっとなまえが体を離した。
見下ろしたなまえの耳は少し赤くなっている。
無理に飲み下した怒りの名残りか、どろりとした歪な甘い感情が湧き上がった。
「あいつらの様子はどうだ。」
振り向き不死川に尋ねれば、頭を掻きながら視線を外す不死川。
「死んじゃいねェ、な」
「そうか。」
「今は話せねェだろーよ。ったく、顔はやり過ぎんなつったのによォ…」
「玄弥を責めてやるな。仮に今、あいつらがふざけた口をきけたものなら俺がやっていた。」
なまえから顔を背けていることをいいことに再び湧き立つ怒りを露わにしてそう言えば、じろり、と不死川が俺を睨んだ。
わかってんだろうなと物語るその表情。
敵意とも見えるそれに、なまえを傷つけた男達への殺意に燃え、沸点が低くなった俺の心は簡単に不快感を滲ませる。
「………なんだ、不死川。」
「アァ?」
「言いたいことがあるんだろう。はっきり言ってくれなければわからない。」
「ハッ…いつもテメェはそうだよなァ!!ちったァその派手な頭で考えろォ!」
「あ’’?誰に向かって口をきいている?」
喧嘩が擦り込まれた体は、簡単に怒りに乗っ取られていく。
無意識に握りしめていた拳に気づき、腹の熱ごと息を吐き捨てた。
いかん。殴るべきは不死川ではない。この怒りをぶつけて然るべき相手は他にいる。
「………頭を冷やせ、不死川。
俺が殴らねばならんのはあいつらだ。」
諭す言葉からも滲み出ようとする殺気が急かすまま、歩き出したその時。
俺の視界を拳が襲った。
仲間には殴られまいと油断したガラ空きの頬に、不死川の拳が打ち込まれたのだった。
痛みが押し寄せる前に胸ぐらを掴まれ、ぐいっと不死川の顔面の前に引き寄せられる。
気づけば殴られた衝動で反射的に俺も不死川の襟に掴みかかっていた。
お互い膠着状態で睨み合うと、眼をぎらつかせた不死川が小さく口を開いた。
「わかってねェな馬鹿が……ヤメロつってんだよ」
ぐるぐると喉る喉の音と共に不死川の囁き声が耳を掠める。
先に殴ったのはお前だろうが、と怒りのままに睨み付ければ、冷たい視線が真正面から俺を射抜いた。
「二度も言わせんなァ!てめェの仕事はなまえを安心させることだろうが…!」
なまえ、と聞こえた瞬間、頭に上った血が瞬時に抜けていった。
僅かに動いた不死川の視線を追えば、俺の腰にしがみつく彼女がいた。
震えた肩。腰に回る細い腕。
気が付かなかった。
この俺が。
黒髪に隠れた顔は見えないのに、彼女の泣き顔が鮮明に脳裏に浮かび痛みとなってこびりつく。
「あ…」
体中から力が抜け落ちる感覚。
その時だった。
間の抜けた声が辺りに響いた。
『あー、そこの馬鹿2人、止まりなさーい。
女を泣かせた罪で逮捕するゥ。』
少し離れた道路の上に一台のバイク。
どこから取り出しのか、メガホンを片手ににやりと笑う宇髄がいた。
少し遅れて、追いついたチームメンバーが彼の後ろからわらわらと現れる。
『君たちは完全にほーいされているゥ!
大人しく縄につきやがれぇ!』
よっしゃぁ!言えたぁ!
お前らタイミング完璧すぎな!?!?
1人はしゃぐ宇髄の声が、夕方の山々に響いた。