襲う暴風



風が髪を切る。
幾度も煉獄の女を乗せた車ギリギリに突っ込むのを繰り返した。
玄弥からは車が曲がる都度連絡が入り、詳細な現在地を知らされる。回り道やUターンを繰り返し圧をかけていくうちに、ワンボックスカーは俺らのチームエリアの最奥である山道に入った。

「兄貴、聞こえるか?
あいつら、峠のY路まで追い込む!」

「おー。15分、粘れ」

「わかった!」

山道は細く曲がりくねり、ほぼ一本道だ。
正面に回り込むのは容易い。
全力でアクセルを踏み、玄弥とワンボックスカーが登り始めた山を迂回する。
少し走れば細い道が山に延びているはず。
木の影に、もう誰も使っていないような道路を見つけ、思い切りアクセルを踏んだ。
くそ、荒れてる道にタイヤが取られる。
縦横無尽に伸びた木の枝が垂れ下がり、俺の腕や顔の皮膚を裂いた。
一瞬瞬きをしたその時、後輪が道路の歪みにハマり、存分にスピードに乗った車体がぐわんと浮き上がる。

「ちっくしょうがァ…!俺の激重バイクなめんじゃねェぞォ!!」

力づくでバイクを押さえつけ、思い切りエンジンをふかした。
空回りしていた後輪が地面に噛みつき、一気に加速する。

「兄貴!?」

「うっせェ!!おめーはつけることだけ考えろォ!!」

飛ぶように流れていく木々を、すり抜けるように爆速で走り続ける。蛇行する道路を最短距離で走り抜け、突然視界が開け陽光が降り注いだ。
頂上だ。こっからひたすら降って玄弥と俺で挟み撃ち。
登りより下りのが危ねェってなァ。
行きは良い々帰りは怖い……ハ!面白れェ!!
湧き立つ興奮に乗せ、アクセルをふかす。

「兄貴!15分は無理だ!ごめん!」

玄弥の切羽詰まった声が耳を刺した。
15分は無理、つまり残りは5分も無い。
あいつらもそこそこ山道走り慣れてんのか、それとも切迫してやがんのか。
いくら細い道とはいえ、坂道を四輪に単車一個でつくのは流石にキツいか。

「しゃーねェ…いや、上出来だァ!
ぜってェ逃すなよ玄弥ァ!!」

「あぁ!!」

弟との返事と共に下り坂を走り始めた。
登った荒れ道より整備されてる分、道が大きく曲がりくねり、自慢のスピードが出せない。
くそ、間に合うかァ?
眉を顰めた視界に、小さくワンボックスカーが見えた。
遥か下だ。このまま道走ってたんじゃ、分かれ道で山を降りられちまう。
見下ろした車との間には、まばらに木の生えた雑木林。

「ハッ…間に合うなァ……!」

加速したスピードはそのまま、大きく道を逸れて雑木林に走り込んだ。柔らかい土にタイヤが沈み込む。ぐらりと不安定に傾く車体をスピードで誤魔化し、土を跳ね上げ前進する。滑る土と予想以上の急勾配に、ほぼ落下とも言える速度で迫る木々を避け走り続けた。
もっとだ、もっと早く!
落下ァ?ぬるいぬるいぬるい!!
アクセル踏み込め!タイヤを回せ!!
バキバキバキともはや避けもせず立ちはだかる枝を薙ぎ倒す。
もう少し、もう少しだ…!!
木々の向こうが明るく光っている。
スローモーションのようにその光に近づいて、そして雑木林を抜けた時、バイクは宙を飛んでいた。
憎かった地面が突然途切れ、その下にはアスファルトと白いワンボックスカー。
助手席の男と目が合う。
信じられない、とひん剥いた目が恐怖に染まる。
にやりと笑みが漏れた。

「止まれやァァアアア!!!!」

ズドン!!と車のボンネットに着地した。
前輪がフロントガラスを砕き、真っ白にひび割れていく向こうで、助手席の男が目を閉じた。





山道に入ってから、後ろに着くバイクからの猛攻撃が始まった。

「っ…車捨てましょう!
相手は1人だ、俺たちで…!」

「馬鹿かおめーは!!不死川兄弟だぞ!?
丸腰4人で、バイク乗ったあいつらにどう勝つってんだ!!あぁ!?」

「このままじゃ事故って全員お陀仏ですよ!!」

「兄貴が来たら分が悪すぎる。
いいから振り切れ!」

こちらの会話などお構い無しに、ガン!!ガン!!と後ろから衝撃がくる。
震える体を必死で抱きしめ、ちらりと後ろを見れば、大きなバイクがまるで蛇が鎌首をもたげるように前輪を持ち上げ、煽るように体当たりをしていた。
敵か味方かも判断できず、ただ容赦なく迫り来るバイクと横転するかと思うほど揺れる車に、込み上げる恐怖が体を支配する。
叫び出したい心をグッと奥歯で噛み締めるも、バイクからの攻撃に時たま悲鳴が漏れてしまう。

「オラァ!どかすかケツ掘りすぎだぁ!!」

運転手が突然ブレーキをかけた。切り裂くようなブレーキ音の他に何も衝撃はなく、一瞬静まり返った車内に、今度は真横から衝撃がくる。
その衝動で窓の遮光シートが外れ、バイクに乗った男がすぐそこに見えた。
ヘルメット越しの瞳と目が合う。
一瞬見開かれたその目をどこかで見たことがある気がしたけれど、まともに考えようとする思考は迫り来る死に怯える恐怖に呑み込まれた。

「くそ!こんな狭いとこ入り込みやがって!!」

急発進する車にぴたりとつくバイク。
怒鳴り声のやまない車内とは正反対に、不気味なほど冷静に確実に私たちを襲うそれに、もう恐怖は限界だった。

「わっ!!」

「きゃーっ!!」

いつのまにか取り出された鉄パイプで、バックガラスを叩き割ろうとする音がすぐ後ろで聞こえる。
怖い、逃げ出したい。
もうやめて。
ガシャン!!とついにバックガラスが崩れ落ちた。首を撫でていく風にまるで今すぐ頭を切り離されるのではないかと思うほど、すぐ後ろのバイクが怖い。

「前!!道!分かれてる!!」

「降りろ、相手が2人揃う前に山を降りろ!」

急加速する車。
攻撃を受け続けた後部はどこか壊れているのだろうか、タイヤが回るたびにガキンガキンとけたたましい音が鳴る。
その時だった。
土砂崩れのような音、それと共に

「止まれやァァアアア!!!!」

男の声が、上から降ってきた。
なに、と思う間も無く、黒い影がフロントガラスを覆った。
破壊音と共に、ドンッと後部座席が飛び上がって体が前に弾き飛ばされた。
伸ばした手は宙を掴み、放り出された体にフロントガラスの破片が降り注ぐ。
ぎゅ、と目を瞑れば身体中を鈍い衝撃が突き抜けた。


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