2匹の鬼




「兄貴…」

ボソッと玄弥が俺を呼んだ。
弟を見れば遠くをじっと見つめている。視線を追うと、そこには白いワンボックスカーが止まっていた。
助手席のドアから出た若い男が、後部座席に向かって何か喋っている。すぐにバタンとドアを閉めて、運転席から出てきた男と2人、コンビニに入って行った。

「どうしたァ玄弥」

未だ車を見つめる弟に声をかける。
出立ちからして俺たちと同類の輩だろうが、チームが仕切るエリアぎりぎりのコンビニに他所の奴らがいようが、そう気に留めることでもない。

「兄貴、あの車ン中、女がいた。」

「女ァ?」

だからなんだよ、と咥えたタバコを吸い込む。
知りもしねェ女1人に騒ぐ歳でもないだろうに。
暫く黙り込んだ玄弥が、ぐっと顔を上げた。

「俺あの子知ってる。一昨日の集会に来てた子だ。」

「アァ?」

うちのチームと又掛けしてるなら易々と見逃せねぇ。どこのチームから来てんだ。

「ほら、煉獄さんがバイクに乗せたーー」

玄弥がそう口を開いた時、遠くのワンボックスカーから女の叫び声が聞こえた、ような気がした。
怪訝に思い注意深く車を見れば、微かに揺れる車体。
中で盛ってんのかと想像つくが、さっきの叫び声、聞き間違いじゃねェだろうな、と眉を顰める。
仮にも煉獄の女が襲われてんならまずい。
煉獄に知らせるか…?
コンビニから、先程車から出てきた男2人が帰ってきた。

「兄貴!」

「…行くぞォ」

吸いかけのタバコを灰皿に放り込み、バイクへと歩く。

「煉獄さんに知らせないと!」

「もう連絡入れたァ!」

エンジンのかかったワンボックスカーを目で追いながら、バイクに跨った。





昼休みも中頃。
いまだなまえからの連絡は来ない。探そうと思ったがなまえの所属するクラスを知らず、教師によって教室まで引き摺られそのままテストが始まってしまった。
俺だけ呼び出しをくらい、昼休みの残り時間にはなまえを探し出そうと急いで昼飯を掻っ込んでいる最中だ。時折話しかけてくるクラスメイトになまえのことを聞くが、誰も名前すら知らないようだった。
隣の宇髄は、俺が職員室から帰ってきてからずっと寝ている。彼の体には小さすぎる机に身を縮こませて。
うむ、よく眠れるものだ。
咀嚼しながらなまえとのトーク画面を開けたり閉じたりを繰り返していると、一通の通知が表示された。
不死川からだ。
ごくん、と思わずまだ咀嚼しきれていない固形を飲み込んでしまった。
緊急でない限り連絡を寄越さない不死川からのLINEに、怪訝に思いながら通知をタップする。

『てめーの女が連れ込まれてる。
玄弥と追うから煉獄も早く来い』

「……宇髄。起きろ」

俺の低い声に隣の宇髄はパチリと目を開けた。
騒がしい教室のなか、湧き上がる俺の怒りに気づいた生徒が数名、こちらを見やる。

「ふけるぞ」

「……おう!」

にやりと笑った宇髄の返事に、席を立つ。
ただでさえ威圧感を放つ男が2人、不動明王に劣らずな眼光とニタリとした笑みを浮かべてその体躯を起こせば、自然と教室中の視線が集まるのだった。







「兄貴、煉獄さん来るって?」

ヘルメットの無線イヤホンから、玄弥のカサついた声が聞こえた。
赤信号で止まる目の前の車を睨みながら、おうと答える。

「一刻も早く取り返せってよォ。リーダーからの命令だ」

「じゃあ、やるんだな……兄貴」

「ハッ!びびってんのかァ!?」

「…なわけねーよ。」

「オラ、声小っせェぞ。
山道まで連れ込む。玄弥は後ろ付け」

「わかった」

青に変わる信号。
まだアクセルを踏まない俺の横を、玄弥のバイクが通り過ぎていく。
玄弥に逃げ道を塞がせて、俺が横からプレッシャーをかけて人気のない道に誘い込む。
そっからは力づくで相手をぶっ倒す。
いつもの弟とのやり方だ。

「振り切られんなよォ」

「任せろよ、兄貴」

笑う弟の声に小さく笑みを返して、アクセルを踏んだ。






狭い車内は相変わらず煙たく、大音量の音楽が響いている。
男達は私なんていないかのように下品な話題で盛り上がっていた。
今はそれがありがたい。気を張っていなければ、襲われそうになった恐怖が度々迫り上がってくる。今男達の視線が私を見れば、この恐怖に呑まれてしまいそうだ。

「おい」

運転している男が小さく声を挙げた。
ぴくり、と両隣の男達が固まる。
今までの雰囲気からわかったのは、運転席と助手席に座ってる男達は両隣の2人より立場が上だということ。
そして、一番偉いのはたぶん助手席の人。

「どうした」

タバコの煙と共に助手席から返事が返される。

「さっきから後ろのバイクが離れねぇ」

「……おい」

「ハイ!」

隣の男が腰を上げて後ろを確認する。
この男が動くたび、匂いが鼻を掠めて、思い出されるグレーの下着に吐き気が胸を焼いた。

「煉獄ンとこの奴か?」

「わ…かんねぇっす。あそこは数が多いんで。
でも、煉獄のバイクじゃねぇ」

「早く橋渡れ。こっちのエリアに入れば消えるだろ」

ぐん、と加速する車。
煉獄さんの名前が聞こえて後ろを確認しようと動くと、隣から伸びた腕が私の肩を掴んだ。
その手を振り払って睨みつければ、「勝手な真似すんな。泣かすぞ」と耳元で囁かれる。
加速し続ける車が突然、大きくぶれた。
腰を浮かせたままバランスを崩した男に押されて、右隣の男にぶつかる。

「っおい!何してんだ!!」

「左からバイクが突っ込んで来たんだよ!!
次曲がるぞ!とにかく後ろ振り切らなきゃやべえ、さっきのバイク、不死川だ。」

「……後ろは弟か」

「たぶんな!」

そう言うが早いが、片側が浮きそうなほど勢い良く曲がる車。もろに重心のかかる後部座席はしがみつくのがやっとだった。
体勢を立て直すまもなく、不規則に動く車に揺られ、体のあちこちをぶつける。

「くそ!信じらんねぇあいつもうUターンして来やがった!!」

「何びびってんすか!向こうは単車ですよ!!」

「うっせぇな!!やべえ、橋からどんどん逸れてく…!」

荒だった会話が耳を刺す。必死にシートに掴まるも、車の揺れが収まることはない。
退路はなく、度々訪れる襲撃に殺気立つ声は止まらない。
そうこうしているうちに、車は上り坂を走り始めた。山道に入ったのだった。


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