鬼ごっこ



「煉獄さんのこと、聞きたいんでしょ!?」

友達と入ったファストフード店の席に着いて早々、開口一番に友達が聞いてきた。
煉獄さんのことをどう切り出そうかと悩んでいた私は思わず固まってしまって、視線を彷徨わせながら、おずおずと頷いた。
顔が熱い。

「もう!可愛いなぁなまえは!」

ぷは!と笑う友達。
やめてよと唇を尖らせれば、「あの後煉獄さんとなにかあった?」と目を輝かせて聞いてきた。

「何もないよ!普通に家まで送ってもらっただけ。」

ふぅん?と半信半疑な声を上げる友達を横目に、煉獄さんの背中を思い出してきゅぅ、と胸が締まる。

「てゆかさ、彼氏から聞いたんだけど、煉獄さんのバイク誰も乗ったことないんだって!」

「そーなの?話盛ってない?」

盛ってないよー!と遮る友達。
にやにやと唇を緩めて、ていうかね、と言葉を続けた。

「煉獄さんが絶対誰も乗せないって。
すーっごい可愛い子がお願いしても、無理って拒否ったらしいの。」

あ、だから皆変な目で見てたんだ。
煉獄さんのバイクに乗った時の、私に向けられた視線を思い出した。

「その子、私も知ってるくらい可愛くて有名な子なんだよ?ダンス動画とかバズってるし。
やっぱ気になってたのかな、煉獄さんのこと!
普通にめっちゃかっこいいんもんね!?
あんな可愛い子にお願いされて断るなんて信じられないよね、でもさすが煉獄さんっていうか。」

「煉獄さん、理想高すぎでしょ…」

「だから、あの人が乗せたのなまえが初めてだよ!」

堂々と言い放った友達は、「まだ、なまえが特別かもって思える話あるけど聞きたい?」とにやりと笑った。

「も、もういいから!
それより普段の煉獄さんの話聞きたい…!!」

「えー」

つまらなそうに尖らせらた唇が、ストローを咥え込んでズズズッと勢いよくジュースを吸い込んだ。
彼氏はよく煉獄さんの話するけどぉ、やっぱよく聞くのは、と勿体ぶりながらぱっちりした目が私を見る。

「喧嘩がめちゃくちゃ強いってことかなぁ。だから超有名なんだよ!
鉄パイプで殴りかかられても素手でぶっ倒したとか、喧嘩売りにきたチームを1人で返り討ちにしたとか。
火がついちゃうと誰も止められないから、喧嘩の時は誰も怖くて近づけないって。」

「そんな感じだったっけ?煉獄さん」

「ね!私も昨日までは怖いもの見たさで会ってみたいって思ってたけどさ、実際話したらすっごい優しそうだったよね?
なんか予想と違った!」

一通り喋り尽くした友達が、ジューッとストローを吸った。
友達の教えてくれた彼は、昨日の明朗快活な煉獄さんからは想像つかなくて、まるで別人みたいだ。
煉獄さん、別世界に生きる人だなぁ…。
ドリンクを包む両手になんだか力が入ってしまう。
友達の向こうの自動ドアが開いた。
何気なく視線を向けた瞬間、息が止まった。
辺りを見回しながら入ってきたのは、体格の良い金髪の男の人。
今まさに話していた人が、そこに現れた。
学校中歩き回って探した人が、目の前に立っている。
キリッとした瞳が、スローモーションのように私を捉えた。
どくり。心臓の鼓動に体が飲み込まれる。
繋がった目と目。
目を逸らせない。
煉獄さんは、一瞬息を呑んだかのような表情をした後、ぱぁっと顔を輝かせて口を開いた。

「君!!!!」

店内に響き渡った大きな声に、びくっと肩を跳ねた友達が振り返る。
大股で私たちに近づくその人に、「嘘でしょ…」と漏らす友達。

「煉獄さん…?」

目の前に立った煉獄さんに目を白黒させる私。
きゃあきゃあとテンションの高い友達が満面の笑顔で私を見た。

「私帰るね!あとでLINEちょーだい!ぐっばい!!」

そう言うが早いが友達は鞄を掴んで身を翻した。

「えっ待って!私もかえるっ……!」

ガタガタと机を鳴らして慌てて立ち上がるも、友達はすでに自動ドアをすり抜けていなくなってしまった。
ざわついた店内で、私と煉獄さんだけが黙って立ち尽くしていた。
じっと私を見つめる煉獄さんの視線にそわそわする。
意味もなく足踏みをして、2人残された空気に耐えられず一歩踏み出した。

「あの、私も、帰るので……!
あっ昨日は送ってくれてありがとうございました!」

「待ってくれ!」

ガシッと腕を掴まれた。
心臓が一瞬止まったかと思うほど、甘苦しい衝撃が体を走った。
私に伸ばされたその腕を伝って煉獄さんを見上げれば、はっと我に返ったかのように瞬きをした後、彼は口を開いた。

「その…昨日は迷惑ではなかっただろうか。
今思えば、俺が勝手に送ると決めて、君はそれ以外に帰る方法がなかったから、知らない男に送られるのは、嫌ではなかったか。」

少し言葉をつっかえながら不安そうな瞳が真っ直ぐ私を見つめていて、心臓が鳴るのと同時に頬が熱くなっていく。
うそ、なんでこんなに……こんなの、まるで煉獄さんのこと本気で好きみたいじゃない。
うるさい心臓に声まで震えそうになりながら、口を開く。

「いや、そんなこと……助かりました」

「そうか!それなら」

嬉しそうに顔を輝かせる煉獄さん。
ま、眩しい…。

「今日も家まで送らせてもらえないだろうか!
……君と話がしたいんだ。」

妙に熱のこもった視線が私を貫いた。
勘違いしてしまいそうだ。
そんなことあるわけないのに。
有名になるくらい可愛い子に興味も持たない煉獄さんが、私なんて気になってるはずないのに。
嬉しさと緊張と、これから訪れる2人きりの時間への不安に、ぐらつく体。
やっとの思いでひとつ、首を縦に振ったのだった。



夕日の照らすなか2人で歩く時間は、思っていたよりもずっと話が弾んだ。
私とは全くの別世界に生きる煉獄さんと共通の話題なんてあるのかと、それこそ最初は必死で話題探しに回る頭が空振りし続けていたけれど、おそらく煉獄さんが話し上手、そして聞き上手なのだろう。
段々と私の緊張はほぐれ、笑顔で話ができるようになっていた。
私を驚かせるような物騒な話などなく、終始穏やかな話題で時間が過ぎていく。
いや、ひとつだけあった。驚いた話題が。
彼が何気なく言った「俺は君と同じ高校に通っている」という言葉に、思わず言葉を失ってしまった。
だがそれだけだった。
喧嘩の話、血生臭い話は一切無い。
しかしそれが、逆に私の好奇心をつついていた。
煉獄さんの、普段の日常を知りたい。
どんな時間を過ごしているのか知りたい。
そんな思いがひたひたと胸を占めてきて、思わず口が動いてしまった。

「さっき、友達と煉獄さんのことを話してたんだけど」

「よもや!照れるな!どんな話をしていたんだ?」

「えっとその、友達が彼氏から聞いたっていう、煉獄さんの最強エピソード」

「最強とな?」

そうか?という顔で疑問を浮かべる煉獄さんに、心当たりはないのかこの人はと少し笑いが漏れた。

「鉄パイプ持った相手に素手で勝ったり、何人もの人相手に一人で戦ったり、とにかくめちゃくちゃ強いって」

「ふむ……確かにそんなことがあったな!!
だが俺が最強というのは疑問だ。宇髄には敵わん。不死川にも速さでは勝てたことがないからな。」

とんだ化け物集団だ、と抱いた感想は胸にしまい、微笑むだけにしておく。
そんな様子を横目で見た煉獄さんが「他にはどんな話をしたんだ?」と聞いてきた。

「あとは……」

煉獄さんのバイクに乗ったことがあるのは私だけ、なんてことは言えない。
そんなことは言えないけど。
でも、気になるものは気になる。
乾いた唇を舐めた。

「…すごく可愛くて有名な子が、煉獄さんのバイクに乗りたがってたって話。」

「あぁ……あれか。」

あれ、という無愛想な言葉に、もしや気分を害してしまったかと煉獄さんを見上げるも、煉獄さんは話を続けた。

「なんともああいう人間は好きになれん。
いや、よく知りもしないのにこういった言い方は失礼だが。」

「可愛い子に好かれるのは、嬉しいことじゃないの?」

「ふむ。まああれが素顔になるならば、好かれた俺より彼女自身の方が嬉しかろう!
まあ彼女はチームのリーダーという人物が好きだったのだろうな。」

俺ではなく、と笑いながら頬を掻く煉獄さん。

「煉獄さんはチームのリーダーとして有名だから……そういう人も集まって来ちゃうんだろうね。」

「そうだな。まあ普通の常人は俺みたいな人間には近づくまい!」

「そうかなぁ……ていうかそれ、今隣にいる私のこと普通じゃないって言ってない?」

笑いながら言えば、「いや、違うな」と小さく零す煉獄さん。
なんだか真面目な声色に、煉獄さんを見上げる。
優しげに笑った瞳と目が合った。

「俺が君を、追いかけているから。」

静かな煉獄さんの声が、鼓膜を震わせた。
俺が君をーーー?
言葉の意味を理解した瞬間、とびきり甘い衝撃が体を走った。込み上げる高鳴りが胸いっぱいに広がって、息もうまく吸えない。
ぼっと顔が赤くなるのが自分でもわかる。
熱い。
耳も、頬も、首も。
さっきまで、穏やかに話をしていたのに。
ははっと煉獄さんが笑った。

「ほら、あまり遅くなると冷えるぞ!」

そう言って、立ち止まった私を促す煉獄さん。
歩き出しても彼の顔が見れなくて、俯いた視線に私と彼の足ばかり映る。
君の家を覚えてしまいそうだ、と困ったように笑う煉獄さんの声が聞こえた。


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