死神は気づかない



死神がいる。
聞き慣れない言葉が耳を掠めて、ふと顔を上げた。
賑やかな食堂の大広間では、大勢の鬼殺隊員が食事を取ったり談笑したりと思い思いの時を過ごしている。辺りを見回しても声の主が見つかるわけもなく、死神らしき風体の隊員も見つからなかった。
死神かぁ…そんな呼び方される隊員もいるんだ。
強そう。有名なのかな。
そんなことを思いながら、いまだ湯気を立てる蕎麦をすする。
炎柱様の継子になってはや3ヶ月。毎日死ぬほど鍛錬してるんだ。私もそろそろ強くなっていたら嬉しいんだけど。いかんせん炎柱様が強すぎて、自分が成長している実感が湧かない。
ここは藤の紋の家が鬼殺隊員に解放している食堂。大きな街の外れに位置している。食事のため、情報を得るため、理由は様々だが訪れる隊士は多いようだった。
一般隊員は広い大間取りの部屋で食事を摂るが、柱ともなると各々個室に通されるらしい。炎柱様も利用されるのかな、なんて思いながら、よく出汁の効いた汁を飲み干した。
うん、美味しかった!

「ご馳走様でした!」

食器を戻し食堂を出た頃には、死神と呼ばれる隊士のことなんてすっかり忘れていたのだった。



 



「よぉ煉獄!ついに継子を取ったんだってな!」 

産屋敷の大きな庭で、白地に炎模様の羽織をかけたド派手に目立つ金髪男を見かけ、声をかけた。

「宇髄!久しいな!!息災か!!」 

馬鹿でかい声が嬉しそうに弾んだ。
いいねぇ、今日もド派手じゃねーの。
俺はこいつを気に入っている。最初はその燃え盛るような容姿から気に留めていたが、話せば芯の通った正義漢ぶりに一気に持っていかれた。代々柱を輩出する名家の嫡男とは聞くが、驕ることもなく、己自身や相手を真っ直ぐに評価するこいつは、正直に言えば自慢の同僚であった。

「おうよ、俺様に怪我を負わせる鬼がいるなら会ってみてえもんだぜ」

で、継子の方はどうなんだよ?と煉獄に詰め寄る。 

「うむ!俺も初めてなものでな!至らぬ点もあるとは思うが、俺の継子は素直で鍛え甲斐のある隊士だ!!」

「…そうかい」

おや、と感じた違和感は顔に出さず、どういうことかと思考を巡らせる。
聞いた話では、その鍛え甲斐のある隊士とやらは、炎柱の継子という誉高い地位に似合わぬ二つ名を持っていた。
その名も死神。
なんでもそいつと共に任務に出て帰ってきた者はいないらしい。加えて鬼も真っ青な極悪非道、残虐の限りを尽くして鬼を狩るとかなんとか。帰ってきた奴がいねぇのになんでそんな巫山戯た噂なんざ、と思ったが、火のない所に煙は立たずとも言うし、大方死に損なった不幸な隊士が大袈裟に話をしたのだろう。
鬼殺隊で華々しく邁進し、柱となった煉獄が、ようやく取った初めての継子。それだけで多くの話題を掻っ攫っていったというのに、当の継子が巷で囁かれる死神隊士だともなれば、いまや時の有名人である。あいつが死神か、いや違うあいつやもしれんと囁く声を最近よく耳にするようになった。
燻る違和感を抱えたまま、口を開いた。

「なんだって急に継子なんざ取ったんだ?
三日三晩頼み込まれでもしたか!」

半分冗談、しかし半分本気で聞いてみれば、怖いほど清々しく返事が返ってきた。

「いや!!俺が頼み込んだ!!
これが中々首を縦に振らなくてな。だが今では立派に稽古についてきている!!うむ!愛い!!」

はぁ?声が漏れたまま、空いた口が塞がらない。
それにしてもいい笑顔で話しやがる。相当可愛がってやがんな。

「……頼み込んだァ?煉獄、お前が?」

「?うむ!」

怪訝そうな顔をしたのち、堂々と大きく頷く煉獄。
俺の頭ん中じゃ、煉獄が懸命に鬱屈そうなヒョロいガキに頭を下げている。
いやいやいやいや!!と頭を振って不気味な想像を吹き消した。

「ところで宇髄!君の奥方達は腕が立つと聞く!!
女性の戦い方とはやはり男の俺たちとは違うのだろうか!!」

爛々と目を輝かせてぐっと詰め寄ってくる煉獄。

「っんだよどうした急にィ!」

こいつの目力で詰め寄られると、俺でも少し気圧される。しかも綺麗に輝いてるときた。
顔だけなら女なんてイチコロだろうがなぁ。
馬鹿でかい声のせいか、気迫のせいか、さては少しズレた性格のせいか、こいつの浮いた噂は聞いたことがなかった。

「うむ!俺と同じ鍛錬を積ませても、果たして力になるのかと思ってな。
男にはない、女性ならではの強みがあるならば指し示してやりたい。」

腕を組み、思い耽るように言う煉獄に、なんだか嫌な予感がしてくる。
まさかな。
お前の継子はいたいけな少年だろ…? 

「おいおい…可愛い継子ほっぽって、どこぞの女の指導かァ?」

「どこぞの女などではないな!俺の継子だ!!」

かけたカマを全力で打ち返された。
すこぶるいい笑顔だった。
なんも言えん。
嫁達よ助けてくれ。

「……なんで女なんだよ。もっと強え隊士山ほどいんだろ。」

「よもや!宇髄!性別は関係ないだろう!!」

あれ、もしやちょっと怒ってるのか…?

「大切なのは学ぼうという姿勢だ!強くなろうというその意思だ!!」

「そりゃそうだ…」

まったくもってその通りだよ、俺もそう思うよ。
まあこの男が可愛がってんなら、そう悪い奴じゃぁねんだろ。死神なんてたかが噂だ。

「お前が頼み込むほど見込みがあるんだろ?
ちっとは名の知れる隊士なだけあるなァ」

死神と恐れられるその強さを見込んだのならまだわかる。そう思い尋ねれば、煉獄はキョトンと俺を見た。

「有名なのか?
しかしあの子が人前で、名の知れるほどの戦いぶりができるとは……」

ごにょごにょと独り言を漏らす煉獄に、俺の頭の中ははてなでいっぱいである。

「強くねぇのかよ?……どこを気に入って継子にしたんだァ?」

俺の問いに、「よくぞ聞いてくれた!」と目を輝かせる煉獄。

「俺の継子はめっぽう強いのだがな!考えすぎる所があって己の力を出しきれぬところがあるのだ!!めっぽう強いのだが!!」

まるで継子のことは俺が1番知っている、とでも言いたげな口調である。強いって2回言ったし。
自分の知らないところで有名なのが気に入らなかったのだろうか。

「彼女に初めて会った時から、興奮が醒めやらなんだ!
稽古も勿論充実しているが、先日は涙ながらにその心の内を明けてくれてな。
師範たるもの力を尽くして守り育てねばと決意を固めたところだ!!
よもや!!今すぐ帰って稽古をつけたくなってきたな!」

「…そうかよ」

なんだなんだ!!随分入れ込んでんな!!
心の中の俺が好奇心に踊り狂っている。
女の涙にやられたってか?こいつをここまで誑し込むなんて死神ってよりか魔性だな!

……待てよ。
煉獄って女の経験あんのか…??

スン…と静まっていく俺。
もしかして、今俺見ちゃいけないもの見てないか?
隊内で、生きる伝説と確固なまでの信頼を集める男の、女に落ちぶれていくまさにその瞬間見ちゃってないか!?
死神だぞ?極悪非道、傲岸不遜な女が涙?
信じられるか!!!!

「煉獄よ」

「うむ!なんだ!!」

可愛い継子を思い出しているのか、輝かんばかりの笑顔を浮かべる煉獄に、少し胸が痛むが。
心を鬼にするんだ俺。戦友をド派手に正気に引き戻してやれ。

「悪いことはいわねぇ。今すぐそいつを辞めさせろ」

「……む?」

びたり、と固まる煉獄。
かっ開いた目が空中を見つめ続けていて怖い。

「知らねえようだから教えてやる。
…お前の継子だって女はな、死神だなんて呼ばれてんだよ。」

微塵も動かない煉獄に、諭すように語りかける。

「根拠もなくこんな名前つくと思うか?
聞いた話じゃぁ、残虐な殺し方で仲間もろとも鬼を狩り尽くすそうだ。
……そいつはお前が思っているような女じゃ」

ぎょろり、とドスの効いた目で睨み上げられ、続く言葉は喉の奥にすっこんでいった。
おそらく睨んでいる自覚はないと思うが、こいつから湧き上がる凄まじい怒りの圧に、言葉も気概も逃げていく。

「…どこぞの愚か者が戯け言を……。」

奥歯から漏れ出すようなその唸り声は、ぶるりと寒気と鳥肌を立てるのには十分すぎた。

「宇髄。またそのような巫山戯た話を耳にしたら、俺に教えてくれ。
……失礼する。」

静かな声音で、怒りの圧は抑えられないまま背を向けた煉獄。
やべえ、あいつの周りだけ空間が歪んで見える。

「……忠告はしたぞ!煉獄!!」

遠ざかる背中に言葉を投げかける。
聞こえてるのかいないのか、煉獄からの返事はなく。
煉獄の側を通りがかった隊士が、ヒェッと可哀想なほどびくついていた。


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