甘やかしたい

眠っている時でさえ、職業柄物音や気配に敏感だった僕だが、時雨と眠る夜が余程心地良いのか朝まで熟睡できることが増えた。
暖かな温もりと時雨の寝息。 初めは僕の腕を気遣って遠慮していた腕枕も今じゃ恒例で、その重みに大きな安心を感じていた。

が、とある朝。
カーテンの隙間から日が差し込み、遠くでクラクションが鳴った。
朝か。 トーストを焼いて珈琲をいれて、時雨を起こそう。 体を起こそうとして、腕に愛しい温もりが無いことに気づいた。

「…時雨?」

毎朝気持ちよさそうに眠る時雨を起こすことが日課だったというのに、隣を見ればぽっかりと空いた布団。
温もりはだいぶ冷めてしまって、少しばかり冷たくなってしまっている。

…時雨は?

慌てて起き上がると、時刻は朝の8時。
足元には、お揃いで買ったスリッパが僕のものだけ置いてあった。 扉は閉められていて、どこか閉塞的で。 やっぱり毎朝起こしてやると、『零が起きた時に起こしてよ!』と可愛く恥ずかしがる彼女は居ない。



スリッパを履くことも忘れてリビングへ向かうと、卵の焼けた匂いがして、心地よい鼻歌が聞こえてきた。
性急に戸を開けると、料理をしていた時雨が驚いてぴくりと跳ねる。
ーーーここに、居たのか。


「ーーー!零、おはよ!」
「…時雨!」
「うわ!なになに、どうしたの?」
「…ちゃんと居た」


居なくなってしまったかと思った。 と時雨を後ろから抱きしめると、困ったような微笑みが帰ってきた。

「あー…珍しく早起きしたからね。 ご飯作ってから起こしてやろうかと…いつもの仕返しで」
「寝坊助な時雨でいてくれ…」
「えー。 やだよ、偶にはちゃんと彼女らしいことしたい!」
「もう充分彼女だろう。 …あー、いい匂い」
「卵焼き? 今日は砂糖入れたから甘い卵焼きだよ〜」

時雨の匂いが、だけど。 敢えて何も言わずに項に顔を埋めると、擽ったそうに身を捩られる。
俺の買ったスウェットとベージュのエプロンに身を包んだ時雨は、「もう少しで出来るから、テレビでも見ててよ」とこちらを見上げた。

いざ1人になれば卒なく何でもこなしてしまう彼女を、俺は甘やかして甘やかして、それはもう俺無しでは居られない位に甘やかしてやりたいと思っている。
そうしなくてはふらりと何処かへ飛んでいってしまう気がして。

上目遣いの彼女が可愛くて、不意打ちにキスをした。 危ないから!やめて!と恥ずかしがる時雨が可愛くてもう一度キスをすると、とうとう背を押されてキッチンを追い出されてしまった。

仕方ない。今日は甘えさせてもらおうかな。
テレビを付けると、時雨の好きだという俳優が映っていたのでチャンネルを変えた。

甘やかされてダメになってるのは俺の方かもしれない、なんて報道ニュースを見ながらコーヒーを啜った。
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