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布団に入ってアラームをセットして。 お気に入りの音楽をイヤホンに流しながら深い眠りに落ちて、数時間たった頃だろうか。そこが夢の中である事を自覚したまま夢の中で覚醒した。…目が覚めたという表現が果たして正しいのか分からないけど、どうやらここは夢の中の渋谷のようだ。

ぐるりと辺りを見回すも、現実の渋谷と遜色ない街並みである。 空気の匂いも、肌に触れる風も本当に起きている事象のように感じられて、我ながら夢の鮮明さに感心した。

「ていうか…何この服…?」

じろりと己の体を見つめて唾を飲む。こんなキャミソールにショートパンツなんて着た事がない。 無駄に厚底だし歩きにく…くは無いのか。 なんだこれ、普段着ない系統の服に少しドキドキする。もしかして、深層心理ではこういう服を着たいって思っているのだろうか。

「…夢の中とはいえど…恥ずかしいなあ…」


辺りでは、背の高いビルを見上げるように人々が立っていた。 よくできた夢だなあ、ちゃんと渋谷じゃないか。
ちょっと歩き回ってみようかな、と足を進めると、鮮明な音楽が耳に届いた。

「…何この音楽?」

ジャズ調のアップテンポなイントロ…? どこかダンス・ミュージックっぽいな。 …どういう夢?
曲を聴こうと立ち尽くしていると、おなじみ黒と白の可愛いマスコット…モルガナ、モルガナが駆け寄ってきた。
怪盗服じゃなくてラフな服装をしている。

「お、おおー!? ユメノか!?」
「わあ、夢にモルガナが出てきた。 何その服、かわいい!」
「そ、そうか? ていうか、ちゃんとユメノも来れてたんだな! 安心したぜ!」
「うん?」
「レンの野郎、酷く落ち込んでたからなー」
「蓮くんもいるの? へえ、よくできた夢だね」

なんか私がモルガナと蓮くんの事、夢に見るほど大好きみたいじゃない?これ…、間違いではないけどさ。
よくできた夢だなあと感心していると、チカチカと私の頭上からスポットライトが降りた。 自身の影を落とす地面を一瞥すると、隣でモルガナが驚いたように声を上げる。

「あれ、レンより先にステージに立ったからか? ダンサーはユメノって認識されちまったみたいだな」
「だんさー?」

ダンサー?ステージ? よく分からない、と首を傾げると、モルガナはニヤニヤ笑みを浮かべた。 あ、悪いこと考えてる顔だ、私の夢意外と解像度たかいな。

「よし、ダンスだユメノ! 頭の中で振り付けを思い浮かべれば踊れるって話だ。 オマエダンス得意だろ? サポートはするから、曲に合わせて踊ってみてくれ!」
「ええ? 踊るったって…」

突拍子のないことを口走るモルガナを見れば、さっさと道端に走っていってしまっていた。ああ、仕方ないなあ、まあ夢だしいいか…ええと、振り付けを想像するんだっけ?

(ここはステップでリズム刻んで、足裁きはちょっと大胆にクロス…)

振りの引き出しを引っ張り開けて組み合わせると、身体が想像した通りに軽く動く。 流石夢、ちょっと楽しいかも。昔、ヒップホップとジャズダンスを習っていたことがあるけれど、まさかこんな所で活用できるとは思いもしてなかったけど。

「も、モルガナ!こんな感じでいいの?」
「ああ!すげーなユメノ!カッコイイぜ!」
「えへ」

キックアウトとツイストを組み合わせて地面を鳴らす。 モルガナの歓声がちょっと気持ちよくて、サビに向けてダンスも大胆な振りを組み込んでいく。
何度目かのターンをしていると、視界端にラフな格好をした黒い猫っ毛を捉えた…気がした。
そりゃモルガナも言ってたし、この私の夢に蓮くんももちろん居るよね、うん。




「…夢乃!?モルガナ、どういうこと?」
「アイツ、1人だけここに迷い込んじまってたみたいだ。よかったな!ちゃんと宴に呼ばれてたみたいだぜ」
「うん、本当に良かった…けど、なんで夢乃が踊ってるんだ。 超かっこいいし、超可愛いけど」
「オマエより先に渋谷に立ってたから、ダンサーだと勘違いされたんじゃねーか? スポットライトが当たって曲が流れ始めたから、手短にダンスの説明したんだよ。 にしても上手いよな」
「うん、凄くかっこいい。 まさかロック系だと思ってなかった」
「可愛らしい顔で激しいダンス…かっけーぜ!」
「…この光景、誰にも見せたくないんだけど…そういう事出来るか後で相談してみようかな」
「いや無理だろ。 相変わらず夢でもめんどくせえなオマエ…」
「夢でも俺だからな」


…? 何を話しているのかは曲の音量が大きくて聞き取れないけど、笑顔を浮かべてるみたいだし…ダンスはちゃんと踊れてるってことだよね? このまま踊りきっていいんだよね? チラチラ様子を伺っていると、蓮くんがニコニコサムズアップしてくれた。よかった、大丈夫だったみたい。

見せ場のサビが近づいてきたので、盛り上がりに備えて控えめなステップを組み込んで音楽を聴く。
ああ、アレやりたいな。 ジャンプしてポーズ決めるやつ! きっとアップテンポに切り替わるサビのタイミングにピッタリだし。

脚を屈伸させてぐんと跳ねる───と同じタイミングで、端にいたはずの蓮くんが隣に駆け寄ってきて、颯爽とスライディングで私の下をくぐり抜けた。
ふわりと風が吹いて思わず彼を見ると、嬉しそうな笑みを浮かべた蓮くんが立ち上がる。

「夢乃!」
「れ、蓮くん!? 」
「夢乃ならやると思ったから合わせてみた」
「ありがとう、すごいハマってた…!かっこいい!」
「夢乃の方こそ」

差し出された右手にハイタッチをすると、蓮くんは私の周りをくるくる舞った。 嬉しそうにはにかんだ笑顔が眩しく光る。

「かっこよくて可愛いのずるい」
「うわ、いつもの蓮くんだ」
「だって俺だし」
「わ、私の夢やっぱり解像度高いな…?それはそうと、ダンス上手いね君」
「昔よくテレビで見てたから、想像力はそれなりに」

「手、貸して。 俺のここ掴んで」
「?こう?」
「そう。 行くよ」

ぐるりと視界に地面が広がったかと思うと、身体がふわりと持ち上がった。 これは知っている、いわゆるリフトと言う技だ。 くるりと回転すると、次に彼は私を抱きとめて、地面に着きそうなほど傾く私を両手で支える。

「わ、こんなダンスはじめてした…!すごい!」
「俺も初めてだ。夢乃と踊るの凄く楽しい、もっと踊りたいけど…時間みたいだ」
「時間?」

名残惜しそうに後ろ歩きでステージを離れていく蓮くんはクスクスと楽しげに微笑んだ。

「あとは夢乃のshow timeだ」










「はあ…はあ…っ」

お、踊りきったぞ!とガッツポーズを掲げる。 よく分からないままステージに立ってどうやら1曲丸々踊りきったようだ。持久力がないなりによくやった方だなあと我ながら感心する。
…ていうかモルガナ、サポートしてくれてたっけ?

「も、モルガナと蓮くんは…」

どこへ行ったのだろう。キョロキョロと辺りを見渡すと、広場横のベンチに馴染みのある顔ぶれを見つけた。

モルガナと蓮くん…と、スケッチブックを持った祐介くん、ヒューヒューと口笛を鳴らす竜司くんに双葉ちゃん。ふむふむと感心する真に足でリズムをとる春、とその横で私の動作に一喜一憂する杏ちゃん。
えっ私の夢、怪盗団総出演?
何度目か分からない感心をしていると、蓮くんが駆け寄ってきて皆の方にと手を引いた。

「流石ね、夢乃! 力強いダンス…学ぶことが多いわ…」
「夢乃、こういうダンスが得意だったんだね。リーダーとのパートナーダンスもかっこよくて、私ドキドキしちゃったよ」
「踊りを鑑賞する目とスケッチする目……っ!己の目が2つしかない事を悔やむ日が来るとは…!とても素晴らしいダンスだった!」
「も、もう…。夢とはいえこう褒められると照れるなあ…」

ていうか真、ロックな服似合いすぎじゃない? 春は頭のリボンが可愛いし祐介くんはなんだかトゲトゲしている。 女性陣の可愛らしい姿を見せてくれたこの夢には感謝をせねばならない。

「はあー…でもきっとすぐに覚めちゃうよね、夢…」
「あー、なんか宴?でダンスバトル?をしないと覚めないみたいだぜ」
「う、宴?何その設定…」
「おおう!? そういや夢乃はここの説明聞いてないんだよなー…そりゃ普通の夢だと思うよなー」

何か含みのある笑みを浮かべる双葉ちゃんの隣、竜司もまた同じように笑いながら横に立つ蓮くんの肩を突いた。

「こら、夢乃をいじめるな」
「で、でた〜〜〜過保護〜〜〜!にひひ!」
「全く…。夢乃は何かの手違いではぐれたみたいだけど…俺達は全員クラブベルベッドって所でこの世界の説明を受けたんだ。ジュスティーヌとカロリーヌがそこで待ってる。行こうか」
「…ま、待って。 これ私の夢の中じゃないの…?」
「あー…いや。ここは夢乃だけの夢じゃない」

ってことは、てことは…?…どういうこと?楽しそうな杏ちゃんの肩を揺さぶると、彼女は整った愛らしい顔で恐ろしいことを口にする。

「夢は夢でも、これは私達ぜ〜いんが見てる夢なんだよ! だからつまり…今の夢乃のダンスっ!ちょ〜〜〜かっこよかったよ!!」
「わ、わっ!?」

ぎゅうと抱きしめられた温もりと頬に触れる柔らかな感触に、絶望と羞恥心が込み上げてくるのを感じた。



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