Breaker


生憎の悪天候。ゴロゴロと何処か遠くで雷雨も発生しているらしい。これは早く帰宅した方が良いと判断したまではよかったものの、明日必要な書類を回収しに書庫へ寄り道したのが悪かった、となまえは後悔していた。
「近づいてきたな」なんて呑気に空を眺めるロイを横目に、なまえは書類の山を分けながら「早く帰った方がいいですよ」とボヤく。
これから雨足も強まる一方だろうに。何を思って着いてきたのだろうか、とロイを見れば目を丸くして数回瞬きをした。

「こんな遅くに愛しい恋人を1人にするわけないだろう。ましてやこんな薄暗い書庫なんかでは尚更だ」
「遅くても薄暗くとも此処は職場です…なにもそこまで過保護にしなくても…」
「あー…私が君の隣に居たいだけだ、気にするな。それにもう勤務時間外、何処に居ようと私の自由だろう?」
「………であれば、まあ」


「ふふ…可愛いな、なまえは」
「可愛い要素ありました…?」

くつくつと笑う彼を見上げると、そっと大きな掌がなまえの頬を包む。お互いの唇が触れるまであと数センチのところで大きな衝撃音が響いた。
瞬間、書庫の頼りない光源も窓の外の明かりも全てが消え、視界が真っ暗になる。

「わ……っ!」

驚きに体を震わせてなまえは反射的にしゃがみ込んだ。
直後に大きな落雷の音が響く。言わずもがな停電したのである。 手近にあったテスクの脚を支えに立ち上がろうとすると、するりと肌触りの良い布地を纏った掌に掴まれ引き上げられた。 決してくどくない程度の甘い香水が鼻腔をくすぐり、意識せずとも彼がすぐそばにいる事実が脳に刺さる。

「大丈夫か?」
「はい、まあ何とか……お、驚いた…」
「此処はものが多い…掴まっておくように。なまえ、何か灯りは持ってないか?」
「うー…無いですね……近くにも特に置いてなかった気がします…」

がさがさと手元を頼りに卓上を物色するも、書類ばかりで特に何も無い。寧ろここは書庫の一室なのだから、大量のバインダーと書類とペン以外にめぼしいものは置いてあるはずがない。
と、ここでゴロゴロとまた大きな雷が落ちた。打ち付ける雨の激しさは増すばかりで、窓のない部屋だが、外の情景を想像するのはいとも容易い。


「早くここを出た方が良さそうですね…」

とりあえず自分が入ってきた扉の方向は鮮明に覚えている。ぎゅうと握られた手を支えにして足元に気を使いながら扉へ向かい、ノブを回す。
───が。

「……あれ!?」
「どうした?」
「た、大変です大佐! ドアが施錠されてます!」

ガチャガチャと何度か衝撃を加えてみるもビクともしない。慌てて後ろへ振り返ると、いっそう黒い影が近づいてきて扉脇の機械を叩いた。


「…しまった、失念していた。ここの扉は閉めると施錠されてしまうから、キーを入力して施錠を解くんだが…」
「て、停電…………」
「まいったな」
「どうしましょう……いっそ壊せませんかね…」
「なまえ、回復を待つ方が賢明だと思うぞ」

ふふ、とくすぐったいロイの笑い声が耳元で響く。ハッとして声の方に体を向けると、息もかかる距離に彼は立っていた。


「…こんな時に不謹慎だが、暫くぶりだな。ふたりきりになるのは」
「そ、そうですね……ここ最近は仕事も忙しかったですし……」

暗闇にまだ目も慣れていない中、ただ彼がすぐ近くにいると認識するだけで、二人きりだと考えるだけで顔に熱を感じる。
どうせ見えている訳でもないが、どうも恥ずかしくなり距離をおこうと後ずさると、その腰をロイが引き寄せた。


「おっと、そっちは危ないぞ」
「あっ」

触れられた腰に自分でも驚くくらい官能的な声を上げてしまった。恥ずかしい、と慌てて口を手で覆おうとするがその動作より先に柔らかい感触が唇に触れる。

「……っん」
「……なまえ」


啄むような口付けに身をよじると、大きな手のひらが背を這う。後頭部、首筋、脇腹、腰、順に優しく愛撫する掌に、次第になまえの緊張は解けていく。


「た、大佐……」

離れた唇を潤んだ瞳で追いかけて、なまえは目を開けた。うっすらと映るのは、手袋を外しながら悪戯そうに笑うロイの姿。


「全く……君の『大佐』呼びも悪くは無いが、二人きりの時くらい名前で呼んでくれないか……なまえ」
「ろ、ロイ……」
「…いい子だ」

満足げに頬を緩めると、ロイは深く口付けて舌を絡めた。縋るように、厭らしく動く舌が上顎を撫でる度に、ぴくりとなまえの肩が跳ねる。


「あっ……はふ……ろ、ろい……」
「…あまり煽るような事はしないでくれ…ここが司令部ということを忘れそうになる…」
「あおってな……ん、」

「…………確かなまえはここが……」
「っ!……っ!!」

するりと流れるように右手を秘所へ這わせ、ロイは服越しに軽く擦った。
見た目によらず人並みには力のある彼に抵抗は虚しく、容易くいい所ばかり攻めたてられなまえは嬌声をあげる。

「ふふ、なんだか何時もより厭らしいじゃないか、こういうシチュエーションが好みだったのか?」
「も、うるさい、ろい……!」

調子にのる右手を全力で掴み、捻るように自身から引き剥がそうと力を込めるも、その動きを逆手に取られ両手をデスクに優しく縫い付けられてしまった。
悪あがきに両足で抵抗しようにも、先手を打たれてしまい身動きひとつ取れなくなる。
暗闇に慣れてきた目に映るのは、愛しいものを見るような慈愛と欲望を孕んだロイの瞳で、なまえは目を合わせないようふるふると首を振った。


「ろ、い…!だれか来ちゃったらどうするの…!」
「こんな時間に書庫に来る連中なぞ居るものか。それに今頃電気の復旧作業に必死さ」
「そういう問題じゃ…っ」
「嫌か?」

意地悪な問いかけだ、と胸が疼く。ロイは解っているのだ、多少強引なところだとか、キスが好きなこととか、最近ご無沙汰ですぐにでも愛し合いたい事だとか。嫌なわけがない事くらい聞かなくてもわかる癖に、となまえは噛み付くようにキスをした。

「…ロイばっかり余裕でむかつく」
「そう見えるか?」
「うん」
「そんな出来た大人じゃないがね…」

まるで確認を終えたかのように唇を重ねようとするロイを「待って」と制すと、なまえはなけなしの力で半身を起こす。
待ってと伝えれば素直に待ってくれる彼を愛おしく感じた。
不思議そうに小首をかしげるロイの指をするりと自信の指と絡める。

「か、かえってから…」
「…なまえ」
「帰ってから…!家に帰ったらロイの好きなようにしていいから…」
「それはーーー」


ロイが言い終える前にパチン、と衝撃音が鳴った。
薄暗かった視界に一瞬にして光が差し込み思わずチカチカする目を抑える。 心許ない書庫の明かりがこんなにも明るかったものかと少しだけ感心した後、余りにも近い童顔の上司に恥ずかしさが込み上げて、なまえは顔を逸らした。


『電源の復旧が完了しました。非常電源の緊急メンテナンスも終了したので、以降停電の心配はありません』
「戻ったようだな」
「た、タイミングが良すぎる…」

無機質なアナウンスを聴き終えると2人同時にホッと吐息が漏れる。

「さ。書類をまとめて帰りましょう」

未だに漂う甘い空気に耐えきれず我先にと動いたのはなまえだった。作業中だった書類の山から見知ったファイルをいくつか取り出して表紙の文字を読んでいく。 目当てだったファイルを数冊見つけると、デスク横のトートバックに丁寧にしまった。

「…時になまえ」
「なんですか?」
「軍人に二言はないだろうな」
「あ………りませんけど」
「ふふ…実に可愛らしいな、なまえは」
「…未だに大佐のツボがわかりません」

「ロイ、だろう」とそっと耳に寄せられた唇が囁くとなまえの肩が跳ねる。

「さ、帰るとするか」
「き、急にやめてよねロイ…!」
「すまない。君が可愛らしくてつい」

電気の通ったセキュリティ装置に指定のキーを入力すると、カチャリとドアのロックが解除された。廊下はすっかり明るくなり、人気のない通路に激しい雨音だけが淋しく反響している。
捨て台詞のように勢いで発してしまった言葉に後悔することは確実だろう、となまえはこめかみを抑えながら、何処となく嬉しそうな(心当たりしかない)ロイの隣に並んだ。




(余裕などあるものか。年甲斐もなく浮かれているんだよ、私は。…君のことが愛おしくて堪らないんだ)



雨脚が弱まるのは明日の明け方と天気予報が報じた。


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