紀平を病ませたらこうなる

これ程までに、死にたくなったことはあるだろうか。
腹の中、焼け付くようなひどい腹痛と便意に全身から汗を滲ませた俺は息をするのだけでも精一杯で。


「きひら、さ、お願い、そこを…」

「だーめ」


即答。
扉を塞ぐように立つ紀平さんは無邪気に微笑む。


「やるんだったらここでしなよ。大丈夫、ちゃんと見ててやるから」


それが嫌というのがわからないのだろうか、この人は。
言っている間にもぎゅるるると悲痛な音を立てる腹部をぎゅっと抑えた俺は、紀平さんを見上げる。
おそらく、この人に何かを盛られたのには違いないだろう。
先ほど出されたジュースのグラスを一瞥し、俺はもうなんだか泣きたくなってくる。
すると、不意に伸びてきた手に頬を撫でられた。


「何を泣いてるの、かなたん。別に、恥ずかしいことじゃないんだから。人間誰だって最初は一人で便の処理だって出来なかったんだからさ、ほら、かなたんが二十歳になって漏らそうがそれは恥ずかしいことじゃないよ」


顔を上げさせられ、こちらを覗き込む紀平と目があった。
何を言ってるんだ、こいつは。
グサグサと刺さる言葉の数々に心折れそうになったが、状況が状況だからだろうか。焼きつくようにひりつく喉からは声が出ない。
早く、今直ぐそこを退いてもらえればよかった。
だけど、どうやら俺の体の方に限界が来てしまったようだ。
滲む脂汗。
少しでも動いてしまえば塞き止めていたダムが決壊してしまいそうで。
その場から動くことができなかった。


「その顔、もう限界みたいだね」

「………っ」

「いいんだよ、俺の前では我慢しなくても。したいだけすればいい。俺が、見ててあげるから」


緊張した腰に、紀平の手が伸びる。
優しく背筋を撫でられれば、その感触につられて僅かに全身の緊張が緩んだ。
それが、まずかった。
目を見開いた俺は、全身の血の気が失せていくのを感じた。
慌てて紀平さんの腕をどかそうとしたが、紀平さんは動こうとしない。
それどころか、俺を離してくれようともせず。


「いいよ、かなたん。いっぱい出して、綺麗にしないとね……その腹ん中に溜まった誰のかも分からない精子も全部、綺麗に」


いつもと変わらない優しい声。
いつもと変わらない笑顔。
なのに、それが恐ろしく見えてしまうのは、きっと。

mokuji
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