チャイナ四川はご機嫌ナナメ

「なあ、四川」

「見んじゃねえ」

「なあってば」

「うるせぇ。消えろ」

「いい加減こっち向けよ」

「…嫌だ」

「大丈夫だって、お前、わりとそれ似合って……ブフッ!」


休憩室内。
ソファーに腰を下ろしたまま頑なにこちらを向こうとしない四川の正面に回り込むが、限界だった。
コスプレ強化週間、二日目。
接客担当の店員全員強制コスプレという名の罰ゲームが店ぐるみで行われている真っ只中。
深いスリットが入った真っ赤な生地と金の刺繍が派手なチャイナドレス(膝上15センチのミニ)を身に纏った四川は不機嫌な顔を更にしかめ、俺を睨む。
しかし、そんな姿で見上げられたところで笑いしか込み上げてこない。


「っふひゃ、やべ、まじ、ひぃッ!お前、似合いすぎ!ぶはははッ!」

「……」

「あっはっはっはっはっ!なんだよその格好!まじやべえって!やべえ、ははっ!」


微動だにしない四川がまた更に不気味で俺は腹をよじらせる。
ひいひいと軽い呼吸困難に陥りつつ忍ばせていた携帯電話で青筋を浮かべるチャイナを写メったとき、チャイナは動いた。


「って、あ」


ぱしゃりとシャッターが切られると同時に立ち上がった四川に携帯を取り上げられる。
なにすんだよ、と目の前の長身を見上げた俺は体の線がはっきりとした服を着た四川にまたふふっと笑みを溢した。
その都度四川の額に青筋が浮かぶ。


「お前、あんま舐めた真似してんじゃねえよ」


真っ正面から見据えられ、底冷えするような低い声に鼓膜が静かに震えた。
言い表せれないほどの威圧感に一瞬笑みが引っ込み、背筋が震える。


「……ん、なにまじ切れして……くひっ」


そして視線を泳がせやつの全身に目を向けた俺は我慢できず噴き出した。


「ごっ、ごめ……ふふッ、だって、お前がそんな格好してるから……っ!」


笑いすぎて熱くなる俺とは対照的に四川の纏う空気が冷えていくのを感じたがやはり止まらない。
そう口を押さえ、笑いを堪えながら続けたときだった。
仏頂面の四川はいきなりチャイナ服を脱ぎ出す。その場で。俺の目の前で。


「あ、お前なに脱いで…っ!ってなんで下なんも着てないんだよ変態かよ」

「暑いんだよ、これ。人を露出狂みたいに言うんじゃねえよ、パンツ穿いてんだろうが、パンツ。ほら見ろ」

「見せんな、ばか」

「女装するより露出狂のがましだっての」


そういって脱いだチャイナを拾い上げるパンツ一枚の四川。
同性相手だし何度か見たこともあったがやはり目のやり場に困ってしまいソファーの影に逃げようとしたらがしっと肩を掴まれた。


「な…なんだよ」

「お前、ずいぶんとこれが気に入っているみたいだな」


満面の笑みを浮かべた四川はいいながら俺の腰を抱き抱え、その丸めたチャイナを俺の頬に押し付けてくる。
爽やかな香水の匂い。
その鼻孔を擽る爽やかさは逆に俺の不安を煽り立ててくる。

嫌な予感。


「え、や、別に」


がしがしと押し付けられるそれにどっと全身から汗が吹き出す。
しどろもどろ否定する俺に構わず四川は悪魔のような言葉を口にした。


「そんなに好きならさ、お前が着ればいいじゃん」


口は災いの元。
今さら、そんな言葉を思い出す。

mokuji
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