金泥(1)

「……おぼえているよ。」
──…低い声で呟き、紅唇こうしんが微笑した。

「わたしは、ずっと、」

──ラフィットは、しずかにうたう。
 葬送行進曲──その、あかるい挽歌ばんかを──…。




『WORD PALETTE』


 (きんでい ── にかわで泥状に溶いた金粉。)

挽歌ばんか』『あゆぶ』『海霧』





01.

──乳のごとく、白やかな海霧。その面紗ヴェールを鋭利なへさきで切り裂いて。
──そのふね港湾こうわん都市に着いたのは、夜半を過ぎた頃だった。

「──…おや、」

 湾内に入るや、ふねは、唐突な驟雨しゅううによって出迎えられた。

──まともな雨ではない。
──…金色こんじきの雨だ。

 きみょうな現象だった。
──…降りくる一滴一滴は、まぎれもなく、黄金色こがねいろの雫……。

「おやおや……」

──『かれ』は、そのからだを奇妙な水で濡らす下手へまはしなかった。
──…決して、しなかった。

いやですねえ──…」

 蝙蝠傘こうもりがさをひらきつつ、『かれ』──ラフィットは、ふるい神話を思い出す。
 この、かがやかしい陰雨いんう──。
 いにしえに、鉄のはこめられた皇女をほっし。──…好色の神が肉を変幻へんげし、降りしきらせた金色こんじきあめ・・……。それのよう。

(──…悪趣味な。)

──霧はとうに晴れていた。甲板から見上げた夜空に雲はかけらも見当たらない。都市のひかりに薄れてなお、地の天蓋てんがいは晴明に星々をまばたきさせる。

──…このあめ・・が人工雨であることは、明らかだった。
「──結構な演出ですこと」

──偉大なるほうもつグラン・テゾーロ
 それ・・は、大地によって自然じねんに産まれた島ではない。余すことなく人工物で造られた──ある意味、巨大な艦船と言えた。

「愉しい旅行になりそうで──…」

 蝙蝠傘のその下で、男はちいさくうそぶいた。



 かれ──…。ラフィットは、ぶきみな絵画のその内より、抜け出て来たかにうろん・・・な容姿の男であった。

──…ぞっとするような巨躯きょく
 どこか昆虫むしを思わせる、きみょうなくらいに長い手脚。
 しびと・・・のような白蝋はくろういろのはだ──生きた鳩の肝みたく、あかあかしたくちびる。合間に覗く、どこか現実離れしてしろやかである歯列。
 肩口まであるすべらかな頭髪、しろめがちな眼球にある一点のひとみは、えたいの知れぬ海底うなぞこよりも深い黒……。

──…ちいさなこどもの悪夢の内よりあらわれたかのような。
 それが『かれ』──ラフィットという男であった。



 今宵、ラフィットは、いつも通りに厭味いやみったらしく絹帽シルクハットをかぶり──…。けれど、普段よりも幾らか重たく礼装を纏う。
──そうして、いつも通り、まばたきしないやもり・・・のように目をひらき。──…うろんに笑んでそこに在る。

「胸が躍りますな──…」

 ひくい美声は歌うように紡がれる。抑揚に富んだ音は──…けれども何処か無機的だ。おかげで、口に出した言葉のすべてが厭味いやみに聴こえる。
 その片腕に、樹冠じゅかんのように蝙蝠傘を掲げ持ち。もう片腕に──男は、なにか、ちいさなもの・・・・・・を抱いていた。

「──きみ・・も、そうでしょう?」

 うろんな男のかいなのうちで、少女はおさなく睡り込む──…。
 乳色の、まろい耳介。こどものちいさな形のそこに、男は、紅唇こうしんをちかづける──…。

「……さ、到着です。」

 なまぬるく、他者の温度を含んだ吐息が、少女の耳を湿しとらせた。
 こどもは、こそばゆそうに身じろぎする。

「──…お宿につくまでお利口にねんねしていて下さいね」

──ラフィットの片腕は、揺籃ゆりかごみたく静かに揺れる。あやすようにゆったりと……。
 男は、そうして、片手に抱いた少女を傘下にすっぽりと護る。はこのように包み隠す。一滴たりとも金の雨に触れさせまいと──…。

いやらしい雨だこと。」

 ふねは──…港に、いかりを降ろした。





金泥 02


このあとホテルでめちゃくちゃ(ふつうに)寝た。
そのあと翌朝めちゃくちゃ一緒にキッズチャンネルのスポ○ジボブ観た。


 
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