金泥(1)
「……憶えているよ。」
──…低い声で呟き、紅唇が微笑した。
「わたしは、ずっと、」
──ラフィットは、しずかに謡う。
葬送行進曲──その、あかるい挽歌を──…。
◆
『WORD PALETTE』
金泥
(きんでい ── 膠で泥状に溶いた金粉。)
『挽歌』『歩ぶ』『海霧』
◆
01.
──乳の如く、白やかな海霧。その面紗を鋭利な舳で切り裂いて。
──その艦が港湾都市に着いたのは、夜半を過ぎた頃だった。
「──…おや、」
湾内に入るや、艦は、唐突な驟雨によって出迎えられた。
──まともな雨ではない。
──…金色の雨だ。
きみょうな現象だった。
──…降りくる一滴一滴は、まぎれもなく、黄金色の雫……。
「おやおや……」
──『かれ』は、その躰を奇妙な水で濡らす下手はしなかった。
──…決して、しなかった。
「厭ですねえ──…」
蝙蝠傘をひらきつつ、『かれ』──ラフィットは、ふるい神話を思い出す。
この、煌かしい陰雨──。
いにしえに、鉄の匣に篭められた皇女を慾し。──…好色の神が肉を変幻し、降り頻らせた金色のあめ……。それのよう。
(──…悪趣味な。)
──霧はとうに晴れていた。甲板から見上げた夜空に雲はかけらも見当たらない。都市のひかりに薄れてなお、地の天蓋は晴明に星々を瞬きさせる。
──…このあめが人工雨であることは、明らかだった。
「──結構な演出ですこと」
──偉大なるほうもつ。
それは、大地によって自然に産まれた島ではない。余すことなく人工物で造られた──ある意味、巨大な艦船と言えた。
「愉しい旅行になりそうで──…」
蝙蝠傘のその下で、男はちいさく嘯いた。
◆
かれ──…。ラフィットは、ぶきみな絵画のその内より、抜け出て来たかにうろんな容姿の男であった。
──…ぞっとするような巨躯。
どこか昆虫を思わせる、きみょうなくらいに長い手脚。
しびとのような白蝋いろの膚──生きた鳩の肝みたく、紅あかしたくちびる。合間に覗く、どこか現実離れして皓やかである歯列。
肩口まである滑らかな頭髪、しろめがちな眼球にある一点の睛は、えたいの知れぬ海底よりも深い黒……。
──…ちいさなこどもの悪夢の内より顕れたかのような。
それが『かれ』──ラフィットという男であった。
◆
今宵、ラフィットは、いつも通りに厭味ったらしく絹帽をかぶり──…。けれど、普段よりも幾らか重たく礼装を纏う。
──そうして、いつも通り、瞬きしないやもりのように目をひらき。──…うろんに笑んでそこに在る。
「胸が躍りますな──…」
ひくい美声は歌うように紡がれる。抑揚に富んだ音は──…けれども何処か無機的だ。おかげで、口に出した言葉のすべてが厭味に聴こえる。
その片腕に、樹冠のように蝙蝠傘を掲げ持ち。もう片腕に──男は、なにか、ちいさなものを抱いていた。
「──きみも、そうでしょう?」
うろんな男の腕のうちで、少女はおさなく睡り込む──…。
乳色の、まろい耳介。こどものちいさな形のそこに、男は、紅唇をちかづける──…。
「……さ、到着です。」
なまぬるく、他者の温度を含んだ吐息が、少女の耳を湿らせた。
こどもは、こそばゆそうに身じろぎする。
「──…お宿につくまでお利口にねんねしていて下さいね」
──ラフィットの片腕は、揺籃みたく静かに揺れる。あやすようにゆったりと……。
男は、そうして、片手に抱いた少女を傘下にすっぽりと護る。匣のように包み隠す。一滴たりとも金の雨に触れさせまいと──…。
「厭らしい雨だこと。」
艦は──…港に、錨を降ろした。
◆
→金泥 02
このあとホテルでめちゃくちゃ(ふつうに)寝た。
そのあと翌朝めちゃくちゃ一緒にキッズチャンネルのスポ○ジボブ観た。