鬼さん鬼さん、こっちを向いて6
***
季節は少し巡って師走。子の刻を少し過ぎた時間にも拘らず、はしゃぎすぎな極道一家はやんややんやと宴会を開いてどんちゃん騒ぎをしていた。誰よりも多く酒を煽っていた組長の男は早々に潰れ、後始末しておいて、とチョロ松兄さんに押し付けられたのが先刻。
がやがやと騒がしい室内を後にしぃんとした廊下をずるずると歩く。師走の空気が爪先を刺してぶるると震える。先刻まで浴びるように酒を煽っていたこの馬鹿野郎は歩くこともままならないようで、むにゃむにゃとよくわからない単語を吐き出している。肩を貸してはやっているもののふらふらとした足取りは覚束無い。もはや頭の半分は夢の世界に旅立ってしまっているようで。肩を貸してやっているというよりは引きずっているだけとも言っていい。このおれにここまで介抱させるなんてもっと感謝してもらっていいものを。ようやく酔っぱらいの個室にたどり着き、床の準備までしてやる。なんて優しいおれ。寝かせてやってからぺちぺちと所在を確認する。こんなに宵も更けている。おれもそろそろお暇してしまおう。
「おい。おい。おそ松。おれがわかるか。」
「アレぇ?なんでいちまちゅがこんなとこにいるのー?」
「お前が酔っ払ったせいでおれが介抱する羽目になってるんですけどぉ?」
「ありゃー?そうなのー?」
「ほんとわかってる?ねぇ、帰りたいから提灯を貸して欲しいんだけど」
「えぇ?帰っちゃうの?泊まってけばいいじゃんー」
「なっ、おい……!」
寝そべったまま腕がぐうんと伸ばされて、頭を抱き抱えられた。覗き込むように丸まっていた不安定な体制は崩れ、あっさりと男の腕の中に納まってしまう。寝そべったことにより帯が緩んだのか鼻の先に男の胸板があった。
(これは、まずい。)
「あっけぇーなぁ……んん、」
「んぁ、馬鹿っ!!尻を揉むな!目を覚ませ!」
ぼんやりと酔っぱらった夢現に人肌があれば勘違いすることもあるだろう。だが、お前が揉んでいるのはおれの尻だ!おなごの柔らかい胸や尻とは似つかんだろう!!さ、さすがに最近ご無沙汰だったけどこんな酔っぱらいをすけこますほど節操なしじゃあない。筈だ。こんなおれの葛藤も知ってか知らずか尻を揉む力が強くなる。まして、臀部の奥も撫でようとしているような。そこは、まずい……。
「ん、すべすべ……」
(んっとにこの男は……!!!)
「こンの、助平!!!」
ぜーぜーと死にものぐるいで助平親父との距離を取る。なんで酔ってるのにこんなに力が強いんだよ。
酔っぱらいには絡まないに限る。ここまでやってやったんだ。文句は言われんだろ。ぴしゃりと襖を閉め部屋を後にする。あ、提灯の場所聞き忘れた。すると、何処からともなく先生!?と呼ばれる声がした。うるせい。
見れば松野家次男坊が目をかっ開けてこちらを見ていた。
「な、なんで先生がこんな時間に兄貴の部屋から出てきているんだ!?」
「悪い、起こしちまったか。丁度良かった、面倒ついでだ、ちょいと提灯の場所を――」
「あ、兄貴とはやっぱりそういう、関係、なのか……?」
おや、こん人は何かを誤解しているらしい。はくはくと口を開閉している。ああでもこんな夜更けに寝室から出てきたら勘繰るのも無理ないか…。あまりに動揺が過ぎる気がするけれど。
「いやいや何を言ってるんだい。ああ、お前さんは丁度席を外していたか。運悪く面倒ごとを押し付けられた帰りさ」
「なんで2人っきりで……」
「途中まではチョロ松兄さんもチビ太もイヤミも居たんだよ……だけどあいつがいつの間にかちゃんぽんしだして目が回りやがったとかほざき出して、酔っぱらいに絡まれるからってさっさとおれに押し付けやがって。薄情者め。だから仕方なく介抱してやっただけだ。」
「……それは、すまない。」
「あんたが謝ることじゃない。先刻、やっとちゃんと床についたからおれもさっさと帰ろうと思っていたところだよ」
「そういうことなら遠慮しなくていい!お茶でも出すからゆっくりしていってくれ。」
「ええ……」
(いや、だから早く極道の家から退散したいって言ってるんだけど……)

豪華なお座敷に二人きり。以前もこうして酌を交わしたことはある。しかし。
如何せんあの時とは天と地とも状況が全く違う。
表面上は「やぁ。旦那ぁよく飲むねぇさすがだ。おれも負けてらんないねぇ」なんて軽口を交わしているのだが頭の中は猥雑珍奇である。
(だ、だってあのときは客と芸者だし!心持ちが全く違うし!気まずい!そもそもこん人とは『お市ちゃん』についてしか関りがないし!す、すごく帰りたい……)
「先生は、その、こういうのを慣れているのか?」
「……は?え?こういうのって?」
「その、酔っぱらいの介抱とか、男の相手とか、色々と。」
「それはおれが男を引っ掛け回してると、そう言いたいのかい?」
「そうではないんだ!だが……男にしては人成らざる色気を纏っているなと常日頃思っていて、男の扱いに長けているというか、なんて言うか……所作がいちいち女っぽくて……」
(これは、もしかして普通に貶されてるのでは……?)
「芸者に相手をしてもらっているみたいで…落ち着かない…」
「は?」
「男相手なのに変だと思うだろう?でも先生といると狐に化かされているのかと思うくらい心地よくて……ほ、ほら!狐って美人に化けるというだろう?そういえば油揚げ大好きだったし……」
「おれ、男なんですけど」
(美人って面でも無いだろうに)
「先生は美人だろ?」
「……」
何を言ってるんだ?って顔で見られても……。お前もおれと似たような顔だろう。
一体全体こいつぁ、いっつもどんな目でおれを見てるんだよ。
しかし、ここまで勘ぐられたらこっちもからかってやるしかないだろう。
「……だったらどうするんだ?」
「えっ、」
「……おれが本当に狐だったらどうするんだい?このままご自慢の獲物でたたっ斬るかい?」
「まさか、本当に……?」
「ひひひ、なかなか上手く化けてたろう?もおっと美人に化けてやることもできるぜ。なんせ狐は色事も大好きだからね、騙したお詫びに相手でもしてやろうか。たぁんとサァビスしてやるぜ。」
2人の間にあった空間をするりと狭め、耳元で囁いてやる。そうすると男の体はびきりと硬直した。
ここまで素直に反応してくれるとなんだか面白くなってくる。なぁにこんなの余興だ、体をしならせ、つつつ、喉をなぞってやれば、大抵の男は途端に劣情に塗れてくれる。長年培ってきた男を骨抜きにする所作だ。
男が息を飲み、湿った呼気を出す。興奮しているのだろうか。
太ももに載せていたてのひらをそっと導けば、着流しの上からでも勃起しているのが分かる。思った以上に熱くなっていることに驚く。いけない。からかってやるだけのつもりだったのに。
(嗚呼、美味そうだ)
最近はずっとご無沙汰だったが……もちろん色事が好きなのも嘘じゃないのだ。渇いてしまった唇をゆっくりと舐めた。
「っ……」
「なんだ、吉原が苦手だと言っていたからそういうのには疎いのかと思っていたんだけれど、そうでもない?」
「なぜ、その話を……っ」
「ふふ。なんでだろうねぇ…お前さんも、おれを抱いてみるかい?」
「も…って、」
「あいつと、本当に何も無かったと思うのかい……?」
「……っくそ、」
その一言が己の耳に届く前に腕を縫い止められ、気づけば目の前には発情した男の顔とひどく高い天井が背景に見えた。
ようやく押し倒されたことに気づく。
耳に届くのは獣の吐息。ああ、良いな。
「せんせぇは酷いお人だなあ……俺の想いを知っておきながら兄貴と寝たなんてそんな冗談を言うなんて……」
「えっ?」
男の発情した顔に驚いたのではない。ぶつぶつと吐き出される呪詛に驚いたのでは無い。ただの興奮した男だと思っていたのだ。軽く遊んでやろうと思っていたのだ。主導権はこちらにあった。そう、さっきまでは。
「な、なあ、お前さん、その姿は……」
はあ、と熱い息がかかる。ぶるぶると震える男の額からびきびきと突き出す2対の角。口角からは少し大きめの犬歯……なんて生易しいものではない鋭い牙が、鋭利な爪が伸びた大きなてのひらが顔を覆っていた。
「お、鬼……?」
まずい。揶揄ではない。本物の鬼を怒らせてしまった。今、あいつはどんな表情をしているのか分からないが、感じるのは恐怖。さっと体を翻したおれの両腕はそれより速い男の手であっさりと封じられ、大きな体躯に阻まれる。背中が熱い。
「誘われたから乗ってやったのに逃げるなんて失礼だろう?」
背後からそう囁きながら袂からずるりと忍び込むごつごつとした指先がさわさわと肌を滑る。爪で肌を引っ掻かれ、今から暴いてやるぞと言われた気がした。目の前の襖を引けば逃げられるのに。
「ひッ……」
「もう知らん。俺としちゃあ、もう少しゆっくりと人間として先生との関係を深めて行こうと思っていたんだが、」
「あぅっ、ん、」
「……人間相手だと力加減が難しくてよぉ、ぶっ壊しちまいそうで怖かったんだが、お前も人ならざるものなら都合がいい。」
ぎちりと縫い止められた腕が鳴る。
さぁて、何処から虐めてやろうかと舌なめずりする鬼の姿。
「なあ、先生、いちまつ、」
其処に居るのは嫉妬の燐光。青鬼ががぱりと口を開き、目の前の美味そうな肩口を食い破った。

◆◆◆

あ。ああ。あああ。

嬌声が響く。
おんなのように甘ったるいこえ。
このこえを聞いていると下腹部の快感が増幅する。
にちゃにちゃと響く水音に混じるはあはあと五月蝿いこの音は誰だろう。
「んぁ、ぐっ……もう、だめ、だ…!」
「ダメじゃ、ないだろ…っ!まだこんなに締め付けてくるのに……!」
「ひっ、ごめんなさ……っ、からまつさん、おれっ、おれはぁ……ッ!」
「お前さんが、己をこんなふうにしたんだぞ……?」
普段気だるげな眼はどこへやら。零れんばかりに見開いた目から水分が溢れ出る。
それを舐めとってやりながら、何か言いたげな脣をそのまま塞ぐ。溢れる唾液が甘い。ねっとりと絡みつく肉塊と唾液を感じながらそれでも締め付けてくる中にああ一松お前も嬉しがってくれているんだなと実感する。どこかぼんやりする脳内には気持ちいいことで塗りつぶされていく。
いつの間にか現れた狐の耳も吸ってやった。
「ぁうっ、んんんん……ッ!」
「はは、知ってたか?おれはずっと、ずっとお前さんを犯したくて、壊したくて、堪らなかったんだ……初めて会った時から、そう、あの筝を弾いていたあのときから、」
「ぁ、んぅっ、まっ、まってぇっ……!」
「さっきも言ったろ?せんせい……ああ、好きだ、いちまつ、おれの、」
「おれはっ、ほんとになにも、」
「はしたないな……せんせい。こんなに零しちまって、」
「っひ、ィっ…」
「怯えているのかい子狐ちゃん……大丈夫だ、おれが、ここにいるのが分かるだろう?」
薄い腹をするするとなぞり、ぐうっと外側からも押してやればきゅうんっと中が締まる。ああ、いいな、これ。
「あ"っぐ……っ、それ、だめ、」
もっと奥、もっと奥に入りたい。
この壁のもう少し奥まで。
勢いのままに腰を進めるとうねる胎内(なか)がきゅうきゅうと肉杭を締めつけ、どこまでも搾り取ろうとする。
「あは、そんなにきゅんきゅん強請って、悪い子だせんせい……こうやって兄貴も誘ったのか?」
「や、ちが、ちがぅうぅ…!ん、んんんっ……っ!」
ちがう、と否定しようとも嫌がりながら腰をくねらすその姿は男を誘っているようにしか見えない。仕草のひとつひとつが劣情を煽る。凶悪な色香をもって雄を誘惑する妖狐か。
「堪んねぇな……」
乾き始めた唇を舌で湿らせた。それは理性を無くした獣の舌舐り。恍惚とした脳内のまま胎内の暖かさに甘えるようにゆっくり腰を進める。腰骨を攫む指先に力が篭る。
やーわらかいここの壁を突き破ったらどうなっちゃうんだろう。もっと。いっぱい。おくまで。ぜんぶあばきたい。
「なあ、この奥ってまだ入れるよな…!?」
「あっ、ンぅっ、……おく、とんとんするの、だめぇ…っ」
「もう、とろとろ……はは、でも、もう少し……!」
トントン、と奥を軽く突けば期待するようにぴくぴくと収縮する中。ああお前ももっと奥に俺が欲しいんだな。わかってるよ。そんなに焦るな。
いやらしいないちまつ、名前を呼べば返事をするあまいこえと締め付ける感覚。こころも、からだも俺をこんなに欲しがっている。たまらない。かわいい。かわいい。
ならばその期待に応えねば。おれのできる限り。
「んひぃいいいッ!!」
「は、……っちまつ、」
「ああっ……からま、ひ、っ、すごいぃ…!…おくっ……きてるぅ……!」
「なあ?いちまつ、好きだって、おれが好きだって言ってくれよ」
「んうッ、すきっ…からまつ、さ、すきぃっ……ッ!」
「いちまつ、気持ちいいなあ?はは、かわいい、キュートだいちまつ…おれの、」
おれだけのもの。
がちゅがちゅと獣のように腰を振りながら一松の子宮に向かって精を注ぐ。 口の端から溶けた唾液がぼたりと滴る。おとこのなかがこんなにも淫らだったなんて。
ああ、いちまつ、これでおれのややこも孕んでくれ 。
そしたらおれはその鎖で一生繋いでやるから。そしてお前を最大限愛してやれる。
「いっいいっ……!でてる……あつい、」
もっと。もっとだ。
もっと、おれを求めてくれ。
「まだ、足りない…ッ!!」
「ふぇ、っえ、っ!?おれ、まだ、ィってるのにぃ、っ!」
「もっとだ…もっとかわいい声を聞かせていちまつ」
「っあぅン……やだあっ…」
「逃がさない」
「あ、ぎっ……そんなおくまで無理だよぉッ……!」
「ややができるまでやろうなあ……?」

そうして、白濁。


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