鬼さん鬼さん、こっちを向いて5
それからというもの、毎日のように青い衣を靡かせた男があれよあれよと貢物をしてくるようになった。街を歩いていても遠くから先生!と声を掛けられたこともある。
菓子をはじめに花、猫の置物、簪、櫛、香、下駄、筆……自宅には彼からの貰い物でいっぱいだ。
さんざん『お市ちゃん』の好きな食べ物は?色は?香は?と聞いてくる割には一度自宅に招いてからは実際に会って話をしたいと言われることは一度もなく、それが妙に引っかかる。そして今日も。
「今日は綺麗な手ぬぐいを見つけたんだ、秋草が描かれててなぁ、部屋に飾るのも悪かないんじゃないか?」
「ありがとうな。……お前さんはいい加減嫌にならないのか?」
「え?何が?」
「こんだけ貰っている割にお礼の一つもない女なんてさっさと諦めちまえばいいだろ」
「諦める、か。そいつは無理な相談だなぁ」
「なんで」
「だって見るたびに俺のものが増えているし、丁寧に飾って、扱って呉れているだろう?こんなうれしいことはない」
「あの、なぁ……」
(そりゃあ貰っているのはおれだし、貰い物を無碍にするわけにはいかないだろ)
「先生の俺への態度も随分丸くなっているし」
「こんだけ顔合わせりゃあね……お前さん、『お市ちゃん』の何がそんなにいいんだよ」
「好きなところ?ふふ。そうだなぁ……手が好きだ」
「手」
「ものを奏でる指、筆を持つ指、湯飲みを両の手でもつ仕種、正座しているときはしっかりと膝の上に置いている丁寧なところ、俺を撫でたときの小さくて暖かいところ、あとは貢物を迷惑だって口では言っているのに顔は嬉しそうなところ、それから――」
「わかったわかったもういいもういい」
あの少ししかなかった時間でそんなに『お市ちゃん』を見ていたのか。恐れ入る。
思い出すように目を伏せる仕種に呆れてしまう。そんなに好きなのか。だけど、貰い物を綺麗にしているのはおれなのに。なんて言えたら……って何自分の化けた女に嫉妬まがいのことをしているんだ。『お市ちゃん』はおれなんだから素直に褒めてもらったって喜べばいいだろ。
「――……頭がいいのに少し抜けているところも可愛いな?」
「え?」
自分の幻想に自己嫌悪していたところで、ぽつんと呟かれた言葉をうまく聞き取れなかった。こちらを見て微笑まれている。
くすくすと笑われた。
「ああそうそう、年末にうちの組で宴会をするんだ!先生はうちの兄貴とも知りあいだろう?よかったら来てくれないか?」
「お、おれ?」
「勿論弟くんたちも誘ってくれて構わないぞ?酒は飲める歳だよな?」
「あ、うん。酒は好きだけど」
「兄貴にも誘っておいてと頼まれた。ええと確か何処かの酒造の酒を頼むと。何処だったかな……」
「ははん。いいとこの酒を持ってこいって言われてんのかそれは」
「怒らないでやってくれ……年末はすこし忙しくて手が離せないんだ。何処のだったかまた聞いてくるから――」
「いや。いいよ。おそ松がおれに頼んでくる酒なんて限られてるから分かる」
「お、おお。そうか。すまない。任せてしまっても良いか?」
「合点。ではまた師走に」
「……会えるのを楽しみにしている」
踵を返して考える。おそ松が年末、祀りごとに欲しがるお御酒なんて赤塚山のオジイの酒しかない。瓶に詰めてもらえるかどうか不安だが、交渉あるのみ。
たぶん持っていかなければのちのちぶーたれるに違いない。久方ぶりのけものの姿だ。
年の瀬の豪華な晩御飯を期待して山を目指す。


それを見ているものがいるとも知らずに。




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