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「なまえちゃん、今日はバイト?」
「うん」
「バイトしてたのか」

意外そうな顔をした莇くんに、「定食屋さんだよー」と伝える。量が多くておいしいから、太一くん、咲也くん、つづるんあたりは結構よく食べに来てくれる。まかないも絶品なんだ。

「莇も今度行こうよ!」
「まあ、別にいーけど」
「え!?来るの!?」

つい大きな声を出せば、「ダメなのか?」と莇くんに聞かれて、ぐっと声がつまった。
うっ、そんな風に聞かないでほしい!ときめくから!

「だ、だって緊張しちゃう……」

ドキドキし過ぎて注文全部忘れそう。料理も運び間違えそう。莇くんばっかり見ててポカしそう。
ちょっと考えるだけでこれだけぽんぽんやらかしそうなことを思いつくんだから、実際に来られたら大変なことになりそうだ。

「そういえば、なまえちゃんがバイトを始めた頃に綴さんと紬さんでご飯を食べに行ったら、なまえちゃんが緊張して、仕事は出来てるのになぜか二人の名前を呼び間違え続けてたって聞いた!たしか、誉さんとかシトロンさんとか、どんどん違う人の名前で呼んだよね?」
「誰に聞いたのそれ!」
「綴さん」
「つ、つづるんー!」

そんなだから私につづるんって呼ばれるんだ!カズくんの影響だけども!響きがいいからね。
莇くんを見れば、「なんだそれ」と呆れたように笑っている。わ、笑ってくれた……なんてこんな時でもときめく気持ちと、笑われてしまった、という羞恥とが心のなかでせめぎ合う。

「ちょっと行きたくなったな」
「ほんと!?じゃあ今度学校の帰りに行こ!」
「もうしないからね、あんな間違い!」

別の間違いはやりそうだけど。……今日から莇くんと九門くんが来た時のためのイメージトレーニングをするようにしよう。

「でも、いいなあ。放課後に遊ぶの」

羨ましいなって思って素直に呟けば、二人がきょとんと私のことを見た。

「なら、三人でも遊ぼうよ!どこ行く?バッセン?」
「だから、俺、野球よりサッカー派なんだけど」

ただ一言呟いた言葉から、当然のように三人で遊ぶ計画が立てられ始めて、ぽかんとする。
え、いいの?ほんとに?
二人の優しさをじわじわと実感して、喜びと期待で胸が弾む。
三人で遊べるの、うれしい!

「はい!ボーリングはどうでしょうか?」
「いいね!」
「私ガーター連発するけど!」
「なんで提案したんだよ」

だって二人とも上手そうだから。なんて私の答えには、九門くんには驚かれて、莇くんには呆れた顔をされた。
もう公演も近付いて来てるから稽古も大変だし、遊びに行けるのは夏組の公演が終わった後になるかもしれない。でもいつになったとしても、どこに行くことになっても、やっぱりすごく嬉しい。

「三人で行こうね。約束だよ!」
「うん、約束!」
「はいはい」

***

「ありがとうございました!」

声を張って挨拶をして、お盆を下げる。お客さんが座っていたカウンターを拭き終え、何気なく店の外に目を向けたら、見間違えるはずのない人の姿が見えて、ぴたりと動きが止まった。
莇くんだ……!
なんでこんなところに!?と思ったら、どうやら私がバイトをしている定食屋さんの向かいのうどん屋さんに用があるらしい。あそこのうどん、おいしいよね。でもまさか莇くんがあのお店に来ると思わなかった。
一緒にいるの、お友達だよね。
莇くんを見るのに夢中でチラッとしか見えなかったけど、お友達まで背が高くてかっこいいとか、どういうことだろう。かっこいい人は友達もかっこいいのか。二人とも中学生には見えないなあ。

「みょうじさん、ちょっといい?」
「はーい!」

店長に呼ばれて、厨房に向かう。働いている間に二人はうどん屋さんを出たんだろう。バイトを終えるまで、また莇くんの姿を目にすることはなかった。
それにしてもあのお店、よく来るのかなあ。そのうち鉢合わせになっちゃいそうでドキドキする。
……あ、でもその前に九門くんとここに来るかもしれないのか。ううっ、考えただけで緊張するなぁ。

「お先に失礼します」
「お疲れ様」

挨拶をして外に出ると、今日は晴れているからか、夏の夜空には星がぽつぽつと見えた。そういえばそろそろ三角くんと夏の大三角形鑑賞会をする時期だなあ。またその時のために、サンカクの食べ物を探さないと。天馬くんも無事、パリから帰ってきたことだし。
んーっ、と伸びをする。
夏はまだまだこれから。それに今年も、きっと舞台の上で一番熱い夏と出会える。

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