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「はわぁぁ……かっこいい……」

目線の先には、バットを握って立つ莇くん。
ピッチャーの九門くんと対峙している姿は凛々しくて、瞬きをするのも惜しい。

「はわぁ……」
「なまえがあそこまで重症とは思わなかったな。真澄といい勝負なんじゃない?」
「やめて下さいよ千景さん。真澄よりはまだマシって信じたいんすから」

カンッと音が響いて、「あっ」と声が出る。莇くんが振ったバットはボールに当たったものの、ファウルボールだった。何にしろホームラン並みにかっこいい。
うわあん、野球する莇くんかっこいい!

「ひゃあー!」
「……マシ、だと思いたいんだけどな」
「ははは」
「え?つづるんと千景くん、何か言った?」

莇くんの出番が終わってから、そういえばさっき名前を呼ばれた気がすると振り向けば、「何でもないよ」と微笑んで千景くんは颯爽とマウンドに向かっていった。最初にホームランを打ってたけど、千景くんも色んなことが出来てすごいよね。至くんにチート呼ばわりされるだけある。

「千景くん、がんばれー!」

声援を送れば、ひらりと手を振ってくれた千景くん。千景くんとは春組公演が終わるまであんまり話すこともなかったから、ここ最近でやっと、前よりちょっと仲良くなれた気がして嬉しい。

仲良くなるきっかけというきっかけは思いつかないけれど、機械担当に丞くんだけでなく千景くんが加わったのが大きいかもしれない。
小学校の頃から図工が得意で、手を使って作業をするのが比較的好きな私は、新生春組旗揚げ公演の頃から、倉庫にある小道具を直すことが多かった。古びているからと色を塗り直したり、壊れそうだからと補強したり。最初の頃なんて特にお金がないから、新しいものもなかなか買えなかったし。日曜大工も好きだから、鉄郎さんの大道具作りも時々お手伝いしている。
そうしていつの間にか小道具担当(仮)みたいな立場になっていた私が、その延長で何かを作る時に丞くんの手を借りていたのに、最近千景くんが加わったのだ。大きめのものを作る時に相談をするようになったのは、中庭でノコギリをギコギコ動かしていたら千景くんに驚かれた辺りからだったかな。
好きな作業ははんだ付けですと言ったら、おかしそうに笑ってくれたのが、千景くんが私に初めて向けてくれた笑顔だった。
とはいえ、莇くんが来た頃からどうしてかまた距離を感じていたんだけど……気のせいだったみたい。よかった。

「莇くん、お疲れ様!あの、飲み物、いる?」
「……じゃあ」
「! どうぞ!」

受け取ってもらえた!
嬉しさに内心小躍りする。とはいっても、ある意味自然なことなんだけど。
今日は幸くんのマネージャーという役作りも兼ねているから、夏組・冬組チームを幸くん、春組・秋組チームを私と、マネージャー役もわけてみたのだ。いづみちゃんはどっちの味方をしてもずるいから、全体の応援だ。審判は伊助くんがやっている。

「さっきは惜しかったね」と話しかければ、莇くんは悔しいのか、苦々しげにマウンドの九門くんに目を向けた。

「アイツ、段々調子上げてきやがった」

その言い方がどこか楽しそうにも見えて、つい口元がにやけてしまうのをタオルで隠した。
莇くん、あまり寮でも積極的に人と関わらないようにしている気がするというか、きっとまだまだ心を開いてくれていないし開く気もあまりないのかもしれないけれど……でも、今日は初めて楽しそうだというのがわかる。それが、すごく嬉しい。

「楽しそうでよかった」

九門くんも、莇くんも。皆も。
こぼれた言葉は、夏の生ぬるい風に乗ってどこか遠くへと飛んでいく。

ふと、左京くんがタオルで汗を拭っているのが視界の端に映ったから、「左京くんもいる?」とドリンクを差し出した。

「ああ」
「張り切り過ぎてぎっくり腰とかにならないでね」
「テメェ、誰に向かって言ってやがる」

ギロリと睨まれたところで、左京くんの目つきが悪いのなんて今更慣れっこだから何も怖くなんかない。

「左京くんがいつも自分で年寄りアピールしてるから、私の思いやりですー」
「ああ?」
「はっ、言うじゃん」

――え?
驚いて振り向けば莇くんが笑っていて、ドキンッと心臓が跳ねた。

「莇くんに褒められた!」
「んなことで喜ぶな!坊も下らねぇことで褒めんじゃねぇ!」
「えへ、えへへ」

左京くんが吠えようがまともに耳に入らず喜んでいたら、チッと舌打ちをされた。

「アウト!」

張り切った伊助くんの声が響く。
マウンドの九門くんは絶好調で、三アウト。すごいなぁ。千景くんは二塁まで行ったのに、惜しかったな。
守備に向かう皆に「ファイトー!」と声をかけて、入れ違いにこっちに戻ってきた九門くんと目が合えば、お互いにニッと笑いあった。

こんな風に野球をする姿が、笑顔が、早く舞台の上で観られるといいなぁ。

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