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「二人とも、買い出し付き合ってくれてありがとう」
「ううん!出かけようって話はしてたけど、具体的に何するか決まってたわけじゃないし。な、莇!」
「ああ」

文化祭の準備中、用意してた分の備品では足りなくなってきたのに気がついて、それなら私が買っておくねって言ったのが金曜日。学校が休みの今日、買い出しに行こうとしたら適当に遊びに行く予定だったという九門くんと莇くんが手伝ってくれることになった。大した量じゃないからと遠慮したけど、来てくれたのはやっぱり嬉しい。だって、休日にお出かけなんて……!

私がしあわせに浸る間、九門くんは先日至くん達の部屋で行われたというゲーム大会の様子を熱く語る。莇くんは――なにか、考え込んでる?

「あざ……「――莇、後ろ!」
「え?」

あんなブレーキ音は、初めて聞いた。
後ろを振り向いた莇くんに車がぶつかりにいく様子が、スローモーションのように目に映った。
莇くんの身体が、壁にあたって倒れる。

「――っ」
「……莇!」

一瞬のうちに起きた出来事に、私は呆然としてしまって、九門くんが莇くんに駆け寄るのを何も言えずに見つめていた。一拍遅れて脚がガタガタと震え始めて、目から意図せず涙が出る。
……そんな、今、莇くんが……。
がくっと倒れかけて、……ぎりぎりのところで、どうにか踏ん張った。九門くんが呼ぶ莇くんの名前だけがやけに鮮明に聞こえる。
しっかり、しなきゃ。

「莇!……っそうだ、救急車!」
「!」

その言葉に、ハッとした。
あの車は……!?
勢いよく顔を上げると、莇くんを轢いた車は、止まるどころかアクセルを踏んで去ろうとしていた。急いで目で追おうにも、立ち去る車のナンバーは既に視認できる距離にない。

「車に轢かれて……!」

九門くんが電話をしているそばに、ゆるゆると近付く。
やっと莇くんの傍に膝をついて、私もスマホを出した。力が、うまく入らない。

「私は、警察に……」
「いや、いい」
「莇くん!?」

意識があるとは思ってなくて、耳慣れた声が聞けたことに、驚くと共にホッとした。

「たいしたことねー……」

そんな、壁にもたれかかったまま、 弱々しい声で言われても説得力がない。

「でも、」
「いいから」

目を開けた莇くんにまっすぐに見つめられて、言葉を失う。
今、こっちを見ないでほしい。
恐怖とか、心配とか、安心とか、怒りとか、色々な感情があふれて、泣きそうだから。

「……泣くなよ」
「泣いて、ないよ」
「見てわかる嘘ついてどーすんだ」

はっ、といつもみたいに笑った莇くんに、小さく嗚咽が漏れた。ああ、ダメ、こんなことをしている場合じゃない。はやく、早く――

「救急車、もう来るって!」

九門くんの言葉に、小さく息を吐く。「ありがとう」とお礼が言えるくらいには、余裕ができた。
あと、やらないといけないことは、と回らない頭を無理矢理働かせる。

「九門くん、いづみちゃんに電話、お願い。私は、迫田くんに」

そうすれば、MANKAIカンパニーにも、銀泉会にも連絡がいく。そう考えて連絡を入れようとしたら、すぐ近くにいたのか、救急車の音がした。たしかに、こっちに向かってきてる。
ああ、そういえば、ここは病院の近くだったっけ。

***

到着した救急車の対応を九門くんがしてくれて、その間に迫田くんに電話をかける。病院に着いてすぐ、九門くんがいづみちゃんに電話をかけてくれたから、私は病院の受付に手続きをしに行った。……とはいっても、気合でどうにかしているものの、やっぱりまだ脚も声も震えてるし、正直頭もよく回らない。救いなのは、本人も言ってた通り莇くんが結構元気そうなところだ。そうでなかったら、今頃ショックで立ててすらなかったかもしれない。
ボールペンを握ったまま思考と共に手も止まる。そこに迫田くんが駆け込んできて、手続きを引き継いでくれた。見慣れた、派手な紫色の上着を纏った背中を見つめて、心底安堵する。迫田くん、すごいな。すごく助かったし、安心した。


「二人とも、ありがとな」

迫田くんの言葉に頭を振る。……と、そこに治療を終えた莇くんが早々に現れたから、九門くんと二人して言葉を失った。ふつうに、歩いてる。

「あざみ!大丈夫か!?」
「ケンさん……。平気、ちょっと掠っただけ」
「莇、よかったぁー!」

九門くんが心底安堵した様子で莇くんの方に歩いていくのを動けないまま見守った。莇くんによると、彼は咄嗟に車を避けて、そのはずみで壁にぶつかった怪我しかしていないらしい。
……よかった。
とはいえ私の頭のなかには車が莇くんに向かって走ってきた時の様子が鮮明に残っている。だからこそ、ずっと、怖くて、怖くて、仕方がなくて。
迫田くんと九門くんと言葉を交わした莇くんが、こっちに来る。泣き顔を隠すように手で顔を覆っていても、それがわかった。

「……まだ泣いてたのか」
「ちがっ、」

ずっと泣いてたわけじゃない。
嘘、ずっと泣いてた。……かもしれない。
自分で認識できないくらい、混乱してたから、よく、わからない。
ただ、たしかにわかることが、一つ。

「あざみくん、無事だあっ……!」

よかった。ほんとに、よかったよぉ。
「うんうん」と頷いた九門くんの声も少し震えていた気がするのは、気のせいだろうか。ぽん、と元気づけるように私の背中をたたいたのは、きっと迫田くんだ。
ぴいぴい泣いてから、やっと顔を上げた私が見たのは、きゅっと眉根を寄せて苦しそうな顔でこっちを見ている莇くんで、その表情に、心臓がぎゅっと締め付けられた。

「……心配かけて、悪かった」
「なんで、ぜんぜん、」

莇くんは事故に巻き込まれただけで、なにも悪くなんかないのに。言いたいことがまだ上手に言えない私の言葉を九門くんが代弁してくれて、少し心が軽くなった。今日、九門くんがいてくれてよかった。そうじゃなければ、どうなっていたことか。

それから間もなくして、いづみちゃんと左京くんも病院に到着した。いつもと違ってヨレッとしている左京くんの姿に驚きつつ、目に見えて取り乱しているその様に、この頃には大分落ち着いていた私はホッとして、なんとなく心が温かくなった。それだけ莇くんのことを心配している左京くんのことを、どこかでとっくに知っていたような気がしたからかもしれない。

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