やさしい人

「支配人、朝から元気っすね」
「……耳が痛ぇ」
「ってか、叫ぶのが支配人じゃなくて名前だったらもうちょっと可愛げあったんだけど」
「あはは……」

支配人の叫び声に驚いて、いづみさんと秋組の面々がすぐに玄関に駆けつけてくれた。軽口に笑えば、ひょいと万里くんに顔を覗き込まれる。……びっくり、した。
私が呆気に取られている間に支配人が震える手で届いた脅迫状をみんなに見せる。途端、それぞれが険しい顔つきになった。それはそうだ。だって、これで二通目な上、実力行使するなんて書かれているんだから。

「おい名前、平気か?」
「え?」
「さっきから顔色悪くね?」

指摘されて、驚く。確かにびっくりはして、怖いと思ったけど、そこまで顔に出てたなんて。

「平気だよ。突然で、びっくりしちゃっただけで。ありがとう」
「何かあったら言ってね」
「はい」

心配そうに声をかけたくれたいづみさんに、大丈夫だと伝わるようになるべく元気な声で返事をする。

「お前らに危害が加わるようなことは絶対起こさせねぇ。心配するな」
「左京さん」

眼鏡越しにアメジスト色の瞳と目があう。鋭く、冷静な色をした左京さんの目に宿る明確な意思はたしかに私を安心させてくれて、そして彼自身、安心させようとしてくれているようにも感じた。

「ったく、なに一人でかっこつけてるんすか」
「でも、左京さんの言う通りだ。な、十座、太一」
「っす」
「も、もちろんッス……!」

秋組の面々に、いづみさんと一緒に「ありがとうございます」とお礼を言う。本来、私が支えないといけない側なのになあ。でも、喧嘩がやたら多くて実際に強い人ばかりらしい秋組のみんながそう言ってくれると、ものすごい安心感がある。

この脅迫状も、ただのイタズラだったらいいんだけど。何かおかしなことがあったら気付けるように、私も周りをよく見ておかなきゃ。

***

二通目の脅迫状が来てから、イタズラ電話がカンパニーにかかってくるようになった。もちろん普通の電話だってあるから、実際に仕事をしながらかかってこられるのは結構面倒で、しんどい。どうしてこんなことをするのかわからないけど、こんなことするのには早く飽きて終わらせてくれたらいいのに。


――うん、ちゃんとお財布は持った。
再度鞄の中を確認してから、靴を履く。すると、後ろから聞き慣れた声が聞こえた。万里くんだ。

「出掛けんのか?」
「うん。ファイルがなくなってきちゃったから買いに行こうと思って」
「ふーん。ちょい待ち」

それだけ言って、万里くんは寮の奥へと足早に歩いていった。他に買ってくるものでもあるのかな。
玄関で待っていたら、すぐに上着を羽織った万里くんが戻ってきた。

「あれ?万里くんもどこか出掛けるの?」
「ああ、一緒に行く」
「何か必要なものがあるなら、買ってくるよ?」

親切心のつもりで言った言葉に、万里くんは盛大に顔をしかめた。えっ、なんで。

「脅迫状とかイタ電とか、色々続いてんだろ。一応、何かあったら困るし、ついてく」
「ありがとう」

私が狙われるとか、そんなこと考えてもなかった。万が一何かあったところで、被害を受けて一番舞台に問題がないのも私だし。
って考えていたら、それがお見通しだったわけはないのに、「今、下らねえこと考えてたろ」と万里くんにじとっと睨み付けられた。

「くだらない、かなあ」
「脅迫状が来た時はあんだけ怖がってたろ。いいから行くぞ」
「うん」

万里くんに連れ出されるような形で寮を出る。
……私が怖がってたの、覚えててくれたんだ、と万里くんの背中を見つめながらぼんやりと考えた。

ファイルと、ついでにそろそろ補充が必要になりそうだった文房具も買って、お店を出る。もちろん、嫌がらせみたいなこととか、おかしなことは何もなかった。でも、万里くんが隣にいてくれるだけで安心感がある。重くもないのに荷物もまで持ってくれてるし。
なんていうか……

「万里くんって、最近、優しくしようとしてくれてる気がする」
「……否定はしねえけど。そこは普通、優しくしてくれてる、でいいんじゃね?」
「でも、優しいのは前からだよ」

最近は、そうしようと意識してくれてる気がする、というか。
前から優しいと言った私に、万里くんはどうしてか、目を丸くしてびっくりした顔をした。こんな顔するんだなあ、万里くん。

「前って、別に優しくもなかっただろ」
「そう?よく色々気遣ってくれてたし……」

普通に優しいと思ってた。なのに、万里くんは優しくしようとしてくれてるっていうのは認めるのに、前から優しかったっていうのには納得いかないように顔をしかめている。
不機嫌そう、というより、どちらかというとこれは、

「まさかだけど、照れてる?」
「はっ、んなわけねーだろ」
「そっかあ」
「……、」

違ったらしい。じゃあ、今のそれは、一体どういう表情なんだろう。
うーん、まだまだ万里くんがよくわからない。

「私が荷物を持ちすぎてドアを開けられない時、それに気付いてドアを開けてくれるのが一番多いの、万里くんなんだよ」
「そもそも名前、横着しすぎだろ。コケて怪我でもしたらどうすんだよ」
「つい、いけると思っちゃうんだよね」

反省の言葉を述べるけど、「改善する気がしねえ」と図星なことを言われた。正直、私もあんまり直る気がしていない。だって一気に運んだ方が楽だし……。

今思えば、前の万里くんは、気が付いてしまって、仕方がないからと助けてくれていた印象がある。今の万里くんは、気付いたから助けてくれる、って感じというか、多分それは、カンパニーのみんなを仲間だと思うようになってくれたからじゃないかな、なんて思う。
つい今、万里くんに照れてる?なんて見当違いなことを聞いてしまった私の印象だから、全然違うかもしれないけれど。

「……やっぱ調子狂うな」
「もしかして私、今悪口言われた?」
「悪口じゃねーよ」

「どっちかっつーと褒めてるし」って言う万里くんの言葉には全然納得出来ないけれど、どうしてか、彼が参ったような顔で笑うので、私は初めて見るその表情に言葉が出なくなって、ただふしぎな気持ちで万里くんを見つめた。
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