おかえり

みんなのポートレイトの発表は無事に終わった。客席からは観れなかったけれど、それぞれが前に見た時よりずっとよくなっていたのは、私でもわかった。前よりも更に説得力が増してたというか。

「名前ちゃん、今日はお疲れ様!」
「太一くんこそお疲れ様でした! そうだ、お風呂もう沸いてるよ。疲れてるだろうし、ゆっくり入ってね」
「ありがとうッス」

にっこりと笑った太一くんは、「臣クーン!」と明るい声で同室の臣さんを呼びながら自室へと向かっていった。お風呂のお誘いかなあ。あの二人は仲がいいから、秋組のなかで一番見ていてほっとする。
元気そうな太一くんの背中に、今日の疲れはあまり見られない。よかった。本番前の太一くんを見て、緊張してるのかなってちょっと心配だったから。
でも、舞台に立った太一くんは私の目には十分落ち着いて見えた。すごいなあ、あれで初めての舞台なんて。

ポートレイトを発表した後、いづみさんが控室に少しだけ顔を出してくれて、みんなにお話してくれたのにも安心した。私じゃ、「お疲れ様でした!」と「良かったです!」くらいしか言えないから。
その後、用事があるみたいで帰りは別々でって行ってしまったけれど。


「名前ちゃん。今日あったポートレイトの発表、一緒に行ったんだよね?お疲れ様!」

廊下を歩いていたら、太一くんに負けじと明るい笑顔で咲也くんが話しかけてくれた。隣には天馬くんもいる。

「ポートレイトの話、近いうちに聞かせてくれ」
「オレも!」
「うん、もちろん!」

頷いて、明日にでも時間があえば話そうねと約束をする。
咲也くんと天馬くんが一緒にいるのを見るとすぐ、リーダー二人だなって思うようになったのは、二人ともそれだけリーダーらしくなったからかな。二人とも、はじめに会った時よりずっと頼もしくなったし、明るくもなったと思う。
まぁ、毎日これだけ騒がしかったら、明るさとは違うかもしれないけど、元気の良さは身に着く気がする。みんなが夜ご飯を食べに集まった時なんて、テーブルの反対側の人と話そうとするだけで、もはや発声練習だ。

そういえば秋組のみんなといづみさんで話すって聞いたけど、今やってるのかな。私もお風呂のこと、いづみさんに聞かないと。
寮の水道・光熱費は支配人の言う通りやっぱり請求が来ていなくて、とりあえず左京さんの提示した厳しすぎる節約計画は一旦(一部は)回避することができた。とはいえ、やっぱり節約は大事だし、いづみさんのお仕事が遅くまである日は別として、私達はなるべく二人で一緒にお風呂に入るようにしている。
いづみさん忙しいし、お風呂の時には二人でゆっくり話せるから、私はその時間が大好きだ。

談話室に行ったら、丁度秋組の話し合いは終わったのか、太一くんと臣さんが出てきた。続いて、十座くん、左京さん、そして、万里くん。
……って、え!?

「万里くん!?」

なんでここに!?戻ってきたの!?
まぼろしとかじゃないよね?なんて唖然としている私を見て、万里くんが「すぐ行くから」と先を行くみんなに声をかけた。やっぱり万里くんだ。現実だ。

「あー、その、……戻ってきた」

言いづらそうに眉を寄せて、ぼそりと呟いた万里くんは、……ほんとうに、戻ってきてくれたんだ。

「これからは本気で、秋組のリーダーも、芝居も、やっから」
「……うん」

これはきっとずっと、聞きたかった言葉。
さっきは言い淀んでいる感じだったけど、今の万里くんはまっすぐに私を見ていて、彼の言葉はそのまま素直に私に伝わってくる。
……どうしよう、うれしい。
ぎゅって胸がしめつけられるような熱を感じながら、私は万里くんを見上げる。
すると、万里くんが眉をひそめた。

「悪かったな。兵頭のことでお前にも……なんつーか、感じ悪いこと言って」
「たしかに感じは悪かったけど」
「……」

肯定すんのかよ、って顔で見てくる万里くんがわかりやすくて、おかしくて、口元が緩む。

「伝わって、うれしい。あと、おかえりなさい、万里くん」
「おう」

私の短い言葉でも言いたいことはわかってもらえたみたいで、万里くんは応えるように小さく笑った。彼の口から溢れる笑みをやっぱり少し不思議な気持ちで見ていたら、「ありがとな」とお礼を言われた。なにに、だろう?
首を傾げた私を見て万里くんが目を細める。

「やめるって出ていったくせにその日のうちにやっぱ戻りたいとか、どの面下げてって自分でも思ったけど……名前が待ってるっつってくれただろ」
「うん」

言ったよ。万里くんに帰ってきてほしいって思ったし、それまで待ってるって本当に思ってた。だから、今万里くんが目の前にいることが嬉しい。お芝居に向き合ってくれることが嬉しい。それに、私が言ったこと、ちゃんと聞いていてくれたことが嬉しい。

「それに、あんな熱烈な口説き文句まで言われちまったし?」
「口説……!?なにそれ!」
「"俺しかいない"んだろ?」
「!」

たしかにそこだけ切り取ると意味深な感じがするけど!万里くんだってわかってるくせに!もう、人のことをからかって!
私が怒ってみせれば、万里くんはからからと笑う。
言いたいことは言い終えたのか、「じゃ、俺風呂行くわ」と私の横を通りすぎようとする万里くんを見送る。
……と、その時、私のそばで小さく万里くんが囁いた。

「いつか、今度は俺の芝居で名前のこと泣かせるから。覚悟しとけよ」
「え、」

万里くんの方を振り返れば、こっちを見た万里くんの、十座くんにキツネと例えられることのあるつり目が、すっと細められていた。その表情がいつもよりずっとやわらかく感じて、驚いて目を見開く。
言葉は宣戦布告に似ていて、万里くんらしいというかなんというか、なのに。なんで、その声がこんなに優しく響くんだろう。

「まずは今度の公演成功させて、名前の夢、叶えてやっから」
「……っ、うん!」

びっくりしながらも、頷くことだけはして。
……万里くんの変化に驚いて。そして、やっぱりとっても嬉しくて。

「待ってるね」

万里くんが、私が泣いちゃうくらいの演技をみせてくれるその日を。
本気で演劇と向き合うことにした万里くんのことをこれから毎日見られるんだなって思ったら、なんだか胸がドキドキした。
明日からの秋組の稽古が、みんなのお芝居が、楽しみだな。

「名前ちゃん、そんなところでボーっとしてどうしたの?」
「わ!いづみさん!」

万里くんがいなくなってからも嬉しさの余韻に浸っていた私は、いづみさんに声をかけられるまで何をしに来たかも忘れて、ぼうっとつっ立ってしまっていた。
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