千秋楽

新生夏組第一回公演、『Water me! 〜我らが水を求めて〜』のゲネプロが終わった。
普段の調子が全然出せなくて、不完全燃焼。夜ご飯の席でもいづみさんがみんなに励ましの言葉をかけたものの、いつもとは正反対に静まり返った食卓に活気は全然戻らない。
最終的には、今夜のミーティングはしなくていいとだけ言って、天馬くんは談話室を出ていってしまった。

たとえ失敗をしたって、みんななら持ち直せると思った。大丈夫って、思っていた。

「天馬くん、もうあきらめちゃったんじゃないよね……」
「まさか、テンテンがそんなことあるわけないじゃん!」
「だといいけど」

幸くんの冷静な言葉に、一成さんの声から少し元気がなくなる。

「ま、まっさか〜……」

みんなの様子を見ていたいづみさんが立ち上がって、談話室を出ていった。多分、天馬くんに会いに行ったんだろう。

「……私は、大丈夫だと思うよ」
「え?」

私の言葉に、四人がこちらを見た。その表情を見ても、やっぱり、思う。

「はっきり理由が説明できるわけじゃないんだけど、なんだかね、変わらないの。ゲネプロが始まる前も、終わった後も。正直、不安とか心配はあるけど、でも、みんななら大丈夫って気持ちが、全然変わらない」

たとえ失敗をしたって、みんななら持ち直せると思った。大丈夫って、思っていた。
今も、思っている。
ふしぎなくらい変わらないその気持ちがどうしてなのかはわからなかったけれど、こっちを見るみんなの顔を見ていて、一つ思い当たった。

「みんなのことを信じてるからかも」

合宿は行けなかったものの、これまで、夏組オーディションからずっと見てきた。バラバラで個性のぶつかり合いだった五人が、今では仲良しで、お芝居をしていてもとっても楽しそうで。
これまでの日々を過ごしてきたみんなが、ここで諦めるとは思っていないから、かもしれない。そこには諦めてほしくないっていう私の願望も多く入っているかもしれないけれど。

「よくそんな恥ずかしいことを真顔で言えるよね」
「いいじゃんいいじゃん!名前ちゃんに信じてもらえてちゃってるとか、テンアゲ!」
「ボクも嬉しいです!」
「オレもー!」

「名前にはさんかくあげる!」と三角さんが三角形のつみきをくれた。これ、ずっと持ってたのかなぁ。
ガタガタと椅子が音を立てて、四人が立ち上がる。

「じゃあオレらも行きますか!」
「てんま、さがそー!」
「ぐずぐず座ってても意味ないしね」

四人を見送ろうとしていたら、椋くんが「名前さんも行きませんか?」と声をかけてくれた。

「私は片付けを終わらせるね。後で飲み物とか必要だったら持っていくよ」

私の仕事は、みんなのちょっとしたお手伝い。夜ご飯の片付けだって、私の立派な仕事の一つだ。
私は、私のやるべきことをやらなくちゃ。

「いってらっしゃい」
「はい!いってきます」

みんなの足音が遠ざかるのを聞きながら洗い物をしにいくと、既にシトロンさんと綴さんが食器を洗い始めていた。

「わ、ごめんなさい!ありがとうございます」
「向こうに行ってもいいんだぞ?」
「いいえ、これが私のお仕事なので」

「そっか」と綴さんが微笑んでくれる、その笑みに心が温かくなる。
なんてほのぼのしたのも束の間、シトロンさんが食器を使ってものボケをすると言い出して、台所はたちまちボケとツッコミの嵐に包まれた。

***

「心配かけたな」
「ううん、心配はしたけど、そこまではしてなかったよ」

ミスがなかったわけじゃない。でも、最高だった。そう言えるようなお芝居を夏組のみんなは見せてくれた。
充足感に満ちた気持ちで天馬くんに返事をしたら、驚いた顔をした後、「そうか」と破顔した。こんな風に笑ってくれるようになるなんて、オーディションの日には思わなかったな。

「名前、妙に楽観的だもんね」
「そうかな?」
「いいことじゃん!」

夏組の公演は順調で、ぼろくそに言われていた前評判はなんのその、評価はうなぎ登りだ。毎公演、みんなの調子が上がっていくのを目の当たりにして、いつだって目を奪われてしまう。

「いよいよ今日だね、千秋楽」
「はい!」
「楽しみー」

毎日、全力で楽しんでお芝居をしてきた新生夏組のみんなの、最後のお芝居。

「今までで一番のものを見せてやる」
「当然」
「がんばります!」
「イエーイ!全力で楽しんじゃお!」
「おー!」

みんなの表情には迷いも、ためらいもなくて。自信と期待に満ちた笑顔に、つられるように私も笑った。


――あ、お客さんも同じかもしれない。
手はしっかりと動かしつつ、公演を観に来たお客さんの顔を見て、夏組のみんなを思い出した。まるで舞台の上から伝染するように、お客さんにも笑顔や熱気が広がっている。それが最終日に達した今日、一番多くなっていることに気が付いた。それはこれまで夏組のみんなが沢山届けてきた、笑顔と熱気、お芝居の楽しさ。

ああ、劇場が、眩しい。楽しい。
嬉しいな。楽しみだなぁ。

そうして、夏の眩しさをぜんぶ詰め込んだような、元気で、派手で、楽しい、夏組の最高の舞台が幕を上げた。
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