密くんは不定期に私の家に来るようになった。外の、どこかしらで寝ている彼を見つける度に驚きながらも、結局最後には家に招き入れてしまう。ちなみに、インターホンを押して家を訪れてくれたことは一度もない。外にいるのを拾ってる感じだ。
そうしているうちに、いつしか密くんが来ることを割とすんなり受け入れ始めている自分に気がついた。密くんがいつも我が家であまりに自然に、当然って顔で寝てるからな気がする。……まぁ、いつ来るかわからない分、前よりちゃんと部屋の掃除をするようになったし。クッションを一人占めされることとマシュマロの消費が早いこと以外、特に悪いこともないし。お客さんが来ること自体は、嬉しい。しかもお客さんと言っても相手が密くんだから、私も気を張らずに自然体で過ごせている。

密くんが前に来てから、もうすぐ二週間くらい経つ。随分来てないなあ、と思うけれど、密くんだしなあ、とも思うから、そんなに気にならない。だから私も何も気にせず休日にお買い物に来ているのだけど。

「あ、これ……」

重ねられているクッションに、思わず呟いた。
私が持ってる、ふわふわクッション。
家具を買う時、お値段以上の商品を安く買えるこのお店にはいつもお世話になっている。お気に入りのクッションもまた、ここで買ったものだ。まだ同じもの、売ってたんだ。

「……」

私がいつも使ってるピンクのクッション、絶対密くんに取られるし。普段愛用しているものをあんなにぎゅうぎゅうされるの、実は結構恥ずかしい。
……二つあっても、これなら困らないし。
そう思って、手を伸ばす。新しい分私のものより弾力があるそれを掴むと、指が軽く埋まった。

***

「あっ、密くん待って!」

私の家に来て早々、いつも通りクッションの方に行こうとする密くんの腕を掴む。
つい掴んじゃった!と内心焦ったけれど、腕を掴まれた側の密くんは特に気にした様子なく「なに?」と聞いてくるので、私はいつもより速くなった鼓動を無視して、「見せたいものがあるの」と伝えた。部屋の隅に置いておいた袋から、目当てのものを取り出す。

「じゃーん!」
「……クッション?」
「そう、白くてふわふわ、マシュマロみたいでしょ?」

色はいくつかあったけど、密くんが使うのなら絶対これだと思った。

「うちに来た時は、今度からこれを使ってね」
「ありがとう」

どこか驚いた様子でクッションを受け取った密くんは、じっとクッションを見つめた後、私に向けて微笑んだ。その静かな笑みがあまりに綺麗で、ドキッと心臓が跳ねる。いつも寝てるから忘れがちだけど、密くんって綺麗な顔してるんだよねぇ。
渡したからには気に入ってもらえたら嬉しいな、と思いながら密くんを見ていたら、白いふわふわクッションを持った密くんは、そのまま部屋の奥へ行き──ごろりと横になる。
手にクッションを抱いたまま、私のクッションを枕にして。

「違うっ」

そうじゃないの!それじゃあ意味がないの!
とはいえ、私の言葉は既に夢のなかの密くんには届かなさそうだ。

「うう、ひそかくーん……」
「ん……なに」
「!」

情けない声で呼んだら、まだ眠りが浅かったのか、眠そうな声で返事をしてくれた。よかった!

「私のクッションは大分使ってるやつだから、今渡した方のクッションを使ってほしいなーって」
「? 使ってる」
「抱き枕としてじゃなくて、枕としてっ」

とりあえず私のクッションを返してほしい。隠しておけばよかったんだろうけど、いかんせん密くんはいつ来るかわからないのだ。そして私は毎日それを抱っこしているので、必然的に常に部屋に出ている状態になってしまう。

「やだ」
「やだ!?」

思わぬ拒絶の言葉に目を丸くする。なんで、新しいのあげたのに!

「こっちの方が安心感がある。枕として優秀なのはこっち」
「ええー……」

なにその理由。全然わかんない。

「そんなぁ、なんで……」

唖然とする私に、密くんは眠そうに目をつむって、爆弾を落とす。

「こっちはなまえのにおいがするから」
「!?」

な、な、なにそれ。私のにおいってなに!?やだ、どんなにおい!?不安!

「ひ、密くん、それってどういうこと!?」

安心感があるなら、良いことなのかな!?わかんない!というか、余計私のクッションを使われるのが恥ずかしくなったんだけど!
あたふたする私のことなどお構いなしに、密くんはごろりと寝返りを打って私に背を向けた。

「……クッション、別にいらなかった?」

密くんに問いかけたのか、単にひとりごとなのか自分でもわからないまま呟く。「ううん」と聞こえてきたのは、密くんの返事かな、それとも寝言かな。
丸くなっている背中を見つめていたら、ぽつりと密くんの声が続きを紡いだ。静かで穏やかな、心地よい声。眠そうだけど。

「ここにいていいって言われたみたいで、嬉しかった」
「──」

正直、そんな風に思って買ったわけじゃなかった。
でも、密くんがうちに来る前提で、密くんが喜んでくれたらいいなと思ってした買い物は、密くんの言う通り、私自身彼の居場所をここに見出だしていたということになる。
否定するどころか、それはすとんと腑に落ちた。

「うん、そうだね。密くんが嬉しいって思ってくれて、私も嬉しい」

納得をしながら、どうしてか安堵もする。
心から思ったことを伝えて微笑めば、寝転がったままいつの間にか私を見上げていた密くんもゆるりと笑った。
膝に置いていた手に、密くんの手が重なる。
突然のことに、えっ、という声すら出なくて、目を見張った。
ほんのりと熱を持った、私よりも大きな手。
あれっ、えっ、なんで……?

「すぴー」
「寝た……」

私の手を握ったまま。
……なんというか、密くんだなあ。
そう思って、クスッと笑いが溢れる。
だって、なんか、かわいい。触れているのは紛れもない男の人の手なのに、今の状態はまるで子どもみたいだ。それがおかしくて、驚きと緊張でガチガチになっていた身体から力が抜けた。

「これじゃあ、動けないなあ」

困ったなぁって呟いた私は、自分でも全然困った声じゃないなって自覚していた。

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