Sweet | ナノ


▼ 33

「着いたー!」

念願の遊園地!
どこから行こう!?とわくわくしながら莇くんを見たら、「喜びすぎ」と苦笑される。だって、やっと来られたから。
今回は電車のトラブルもなく来ることができたけど……途中の満員電車では莇くんとくっつかざるを得なくて、遊園地に着く前にキャパオーバーで倒れてしまうんじゃないかと思った。私が電車でよろけたりつぶされたりしないようにと莇くんがかばってくれたけれど、始終あまりにも近い距離に緊張しすぎて、正直電車だけで体力を使い切ってしまった。遊園地に着いた途端、回復したけれど。

「どこから行く?莇くん、なにに乗りたい?」
「名前が乗りたいものでいい」

莇くん、遊園地に来てもクールだ。落ち着いている。すごい。
入り口でもらったパンフレットを開いた莇くんの手元を覗いて、気になる乗り物をいくつか指差す。

「じゃ、まずここから行くか」
「うん!」

元気よく頷いて、アトラクションがある方へと歩き出す。今日は前回来られなかった分も、めいっぱい遊ぶんだ!

意気揚々と歩き出したのはいいものの、開園と同時に人がなだれ込んだ遊園地は結構混んでいて、どん、と誰かとぶつかって、よろめいてしまう。よろけた拍子に、丁度後ろからやってきた団体の人波に呑まれかけてしまった。

「わ、莇くん、待っ……」

慌ててそこから抜け出しながら、離れてしまった莇くんへと手を伸ばす。私の声に気付いた莇くんが、「名前?」とこちらを振り向く。
伸ばした手が、莇くんの手と触れた。

「!」

パッと手が離れて、驚いたように莇くんが私を見る。私も、びっくりした。
手が触れたことも、莇くんの「わ、悪い!」と慌てた反応も、両方。
ほんの一瞬だけ触れあってすぐに離れた温もりを惜しむように、しょんぼりとした気持ちで、自分の手を見つめる。
手、繋ぐの、ダメかあ。
私は繋いでもいいかなっていうか……繋ぎたいなあ、なんて、思ったんだけど。
でも莇くん、手を繋ぐのは婚約してからって、付き合い始める時に話してたもんね。それに反対したいわけじゃない。けど、なんだか寂しいなあって思ってしまった。

「……」

それまで黙っていた莇くんから、不意に、畳んだパンフレットを差し出される。
なんだろう……?

「また、はぐれねぇように」

もしかして、莇くんの持っているのと、反対側を持つようにってことかな……?
きっとこれは、手は繋げない莇くんなりの譲歩なんだろう。それがわかった瞬間、心がぽかぽかして、なんだかおかしくて、笑ってしまった。
パンフレットの反対側を持つと、さっきよりもずっと、莇くんとの距離が近付く。だって、莇くん、パンフレットの端より少し真ん中の方を持ってるんだもん。手、当たってはいないけど、もうちょっとずらしたら当たっちゃいそうだよ。
手は繋いでないけれど。温もりだって感じないけれど。でも、手を繋いでる気持ちになって嬉しいと感じるって、私、単純すぎるかな。

「ねぇ、莇くん」
「ん?」
「そういえばこれって、デート、だね」

緊張で手に力が入って、ちょっとだけパンフレットがくしゃっとしてしまう。
数秒、間があった。それから、小さく返ってきた「……そうだな」の言葉に、嬉しさがこみ上げる。
あ、莇くん、耳が赤い。


混んでいる割には、結構効率よく乗り物に乗れたと思う。
お化け屋敷で、びっくりして莇くんの腕に抱きついちゃったのは、わざとじゃないから許してほしい。出た後、「だっ、抱きついたりとか、簡単にすんな!」と真っ赤な顔で叱られてしまったけれど。だってびっくりしたんだもん。

メリーゴーランドに乗りたいって言ったら、莇くんは恥ずかしがって、外から見てるって言われてしまった。でも、一緒に乗りたいの、とお願いしたら、結局は乗ってくれるから優しい。馬じゃなくて、特に上下もしない、馬車にだったけど。本当は、白馬に乗った王子様な莇くんを見てみたかったなって思うけど、きっとガラじゃないって言うだろうし、私も黒い馬とかの方が莇くんは似合う気がする。
馬に乗った私が手を振れば、仕方ないなって風に、控えめに手を振り返してくれたから満足だ。それに、馬に乗る時も下りる時も、私の傍に立って気にかけてくれていた。たぶん、なにかあったら支えようとしてくれたんだろうなあ。

二人で持っていたパンフレットは気付けばくしゃくしゃになっていて、「あーあ」としわしわのパンフレットを開けば、莇くんも「ま、こうなるよな」って言って、二人で苦笑した。


「いい場所取れて良かったね」
「三十分前には行けって散々言われたからな」
「ショーを観るのにおすすめの場所とか、莇くんの劇団の人達は色んなことを知ってるね」
「ムダにな」

照れ隠しなのか、そんな言い方をする莇くんにクスクス笑って、ショーが始まる前にリップを塗り直そうかなと取り出した。

「やっぱ今日、それ使ってたんだな」
「わかってたの?」
「まぁ、俺があげたヤツだし」

莇くん、ほんとすごいなぁ。

「俺が塗ってもいいか?」
「え?う、うん」

いいけど、ちょっと緊張するなあ。
そう思いながらも莇くんに渡すと、莇くんが真剣な顔でこちらを見る。

「こら、動くな」
「うう、だって」

莇くん、近いし、そんな真剣な目で見られるとドキドキしちゃうよ……!
呼吸をするのも躊躇われて、どこを見たらいいかもわからなくて、ガチガチになりながら目を伏せる。

「出来たぞ」
「うん……ありがとう」

つ、疲れた。緊張した。
上目遣いで莇くんの様子を伺えば、莇くんは私を見て、微笑んだ。

「……ん、似合ってる」
「あり、がとう」

そんなかっこよく、そんなこと言わないでほしい。

「あ、ショー始まったな」

莇くんが言う通り、明るい音楽が少しずつこちらに近づいてきているのがわかる。
私はショーにはしゃげるほど、まだ心に余裕ができてなくて、華やかなダンサーさん達が近付いてくるのを見つめながら、莇くんの服を指先でちょっとだけつまんだ。それにすぐ気づいた莇くんがこっちを向いて、口を開きかけたけれど、結局なにも言わずに、視線をショーへと戻す。私も、まだ収まらないドキドキを抱えながら、前を見た。
遊園地のキャラクターの声が響いて、拍手が起こる。
始まったショーを前に、なんとなく、二人して緊張しながら。これまでよりもちょっとだけ、近い距離で座る。頬がリンゴみたいに赤いのは、お互いさまだ。

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