Sweet | ナノ


▼ 31

泉田くんのことが好き。
その一言に、泉田くんは普段冷静な色をしている瞳を大きく見開いた。私はといえば、心臓の音が煩すぎて、泉田くんが何かを言ったとしても、聞き取れなさそうなくらい。そう思ったのに、ばくばくと心臓の音しか聞こえないはずが、私の耳は意外としっかり、「え……?」ととても小さく零れた泉田くんの声を拾った。
その小さな声がどんな気持ちで発せられたものかわからなくて、不安に思いながら泉田くんの様子を伺うと、泉田くんの顔が、真っ赤になる。

「その……」

泉田くんがなにかを言い淀んで、目を逸らす。……と思ったら、「あーっ」と唸って頭を抱えた。
えっ、なに!?

「情けねぇ」
「え?」
「……こういうのは、男が言うものだろ」

そうかなあ。
思ったことを素直に口に出したら、「そうだ」と断言された。泉田くん的にはそういうものらしい。
話しながら、顔は見えないけれど、泉田くんの耳が赤いのはわかる。私だって、未だに心臓は落ち着かないし、顔だって真っ赤な自覚はある。
泉田くんが頭から手を離して、こちらを見た。口をへの字に曲げている泉田くんは、顔は赤いけれど、なんというか、不機嫌というか悔しそうで。それを見て、ええ、かわいい、なんて思ってしまうのは、おかしいかな。

「苗字」
「は、い」
「先に言われてから言うのも締まらねーけど、俺からも、ちゃんと言わせてほしい」

呼吸をするのも躊躇うほど、静かに、泉田くんの言葉の続きを待つ。
ねえ、泉田くん。その言い方って、まるで、泉田くんも私と同じことを言おうとしているみたいに聞こえるよ。でも、そんな都合の良いことって……そんなこと、あるのかな。
泉田くんの澄んだ緑色の瞳がまっすぐに私を射貫く。どきん、と心臓が大きく鳴って、胸が苦しくて、泣きたいような気持になった。

「好きだ。俺と、付き合って下さい」
「、はいっ」

これって、夢じゃないかな。でも、夢でもなんでも、すごく、うれしい。

「うわ、な、泣いてんのか!?」
「泣いてない、けど、ドキドキしすぎて死にそう……」

ほんとに、気を抜いたら今にも倒れちゃいそうだ。そんなことを思っていたら、「そんなの、俺もだし」と聞こえて、びっくりして顔を上げる。

「おい、本当に泣いて……!」
「え、あれ?」

泉田くんが顔を真っ赤にしたまま慌ててハンカチを渡してくれて、やや強引に目元に触れたハンカチの感触に、ああ本当に夢じゃないのかも、と思ったら笑ってしまった。

「泣くのか笑うのか、どっちだよ」
「じゃあ、泣く……」
「あのな」

感極まって出ただけの涙はすぐに引っ込んで、ハンカチを少し下げて泉田くんを見たら、困った顔で「……笑えよ」って言われた。それにまたドキッとして、またちょっとだけ涙が零れた。
どうしよう、さっきから、嬉しくて仕方がないの。好きって気持ちが止まらなくて、どうしたらいいか、わからない。

「泉田くんは、」
「莇」
「え?」
「だから、……付き合うんだから、名前で呼べよ」

泉田くんに言われて、声がつまる。
付き合う……泉田くんと、わたしが。そうだよね、だってさっき、付き合って下さいって言われて、はいって返事、したから。
付き合う、のかあ。
自分とは遠いものだと思っていたそれが、今突然現実のものとして目の前に差し出されて、上手にのみこむことができない。

「俺だって、名前って呼ぶし」
「じゃあ……あざみ、くん」
「……ん」

初めて呼ばれた名前も、初めて呼んだ名前も、慣れなくて、ちょっと変な感じがして、でもどうしようもなく幸せに感じた。

「莇くんが私のことを好きでいてくれるなんて、思ってもみなかった」
「多分、それは、」

結構前から。言われた言葉に、思考が止まる。うそ、でしょう?
両手で頬をおさえながら、「わぁぁ」と声がもれた私を見て、泉田くんが小さく笑う。
ああ、どうしよう。かっこいい。ああ、そうだ、泉田くんじゃなくて、莇くん、だ。

「そういえば、今日、名前に渡すもんがあったんだ」
「なに?」
「これ。……バレンタインの礼というか、そろそろホワイトデーだろ」

「チョコ、うまかった」と言って渡された袋には、小さな箱が入っている。

「開けていい?」
「ああ」

箱を開けたら、可愛らしいリップスティックが入っていた。色も、形も、すっごくかわいい。

「前に勧めたヤツ気に入ってくれたみたいだし、一応、一緒に使えるもんにした」
「ありがとう!」
「……まぁ、気が向いたら使ってくれればいいから」
「絶対使うし、絶対大事にする!」

ぎゅっともらったプレゼントを抱きしめながら言えば、莇くんは「ああ」と微笑んだ。
私に対してまっすぐ向けられるその笑みは、なんだかすごく優しくて、特別なものに感じて、たまらずに小さな声で「だいすき」と呟いた。鋭敏にその言葉を拾った莇くんが、顔を真っ赤にして慌てたけれど、それがまた嬉しくて、こんな夢よりも夢みたいなことがあっていいのかなあ、と思う。

澄んだ空のしたで吹く風はまだまだ冷たいし、まだあまりわからないけれど。ふと鼻先を掠めたにおいが、きっともう来ている春を感じた気がした。

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