Sweet | ナノ


▼ 16

ううむ……。
思わず唸ってしまいたい気持ちを押し殺して、でもやっぱり悩みながら、私はちらっと隣を盗み見た。
泉田くんが、なんかちょっとおかしい。
この前の喧嘩のことがあったからかな。今日図書館で私と会った時も、会うつもりなんてなかったかのように驚いたような、焦ったような顔をしていた。結構無口なのは元からだけど、同じ「喋らない」でもいつもとはどこか違っていて、ぎこちなくて、いつもより遠いように感じる。元々沢山目が合うわけじゃないけれど、いつも以上に目も合わないというか、今日は明らかに何度か目を逸らされた。その度に地味にショックを受けている。
……それでも、帰りは一緒に帰ってくれるんだよねえ。
声、かけようかな。なんて言ったらいいかな。さっきからそればかり考えている。口を開けて、でもやっぱり閉じて、なんて繰り返していたら、「なぁ」と泉田くんが口を開いた。

「……この前のことだけど」
「うん」
「悪かったな、色々と」

あの時……泉田くんが戻ってきてくれた時も、そうやって謝ってくれた。あの日のショックも、恐怖も、今ではかなり薄れている。それもひとえに泉田くんがいたからだと、確信を持って言える。だからこそ、やっぱり泉田くんに謝られることなんて何もないと思うんだ。

「私、泉田くんには助けてもらっただけで、謝られるようなことって一つもないと思うんだけど……。あと、あの時家まで送ってくれてありがとう」

私の言葉に納得がいかないのか、泉田くんが眉を寄せて怪訝な顔をする。

「えっと、私、色々心配とか迷惑とかかけちゃったかもしれないけど、でもやっぱり前に言った通り、泉田くんと折角仲良くなれたんだから、これからも仲良くしてもらえたらなって思うよ」

今日、これだけはきちんと伝えておきたかった。泉田くんが良ければだけど。これで会わなくなるとか、知らない人みたいになっちゃったら嫌だなあってちょっと心配していたんだ。だから今日会えた時、ちょっとホッとした。泉田くんの態度に不安にはなったけれど。

「なんつーか……」
「うん」
「苗字は苗字だな」
「?なあに、それ」
「さぁな」

わからないけれど、きっと悪い意味ではないのだろう。泉田くんがなんとなく嬉しそうというか、納得したような顔をしていたから。それでいっか、なんて私も納得してしまう。
私の思い込みかもしれないけれど、今の会話によって少しだけぎこちなさがなくなったような気がする。気が軽くなって、いつものペースで泉田くんと歩いていたら、不意に近くの茂みが揺れた。

ガサガサッ

「え、」

突然目の前に飛び出してきた影に、瞬間、ひっ、と息を呑む。

「きゃー!」
「!」

私の声にびくりと反応して止まった小さくて素早い物体は、見覚えのないシルエットをしているけれど、よく見たら怖そうなものではない。
というか、これって……

「フェレット?」

思わぬ動物の登場にきょとんとしたら、フェレットはひくひくと鼻を動かして、そしてぴゅっと走って行ってしまった。
どこかのペットが抜け出したのかなあ。あれを捕まえるのは大変そうかも。
はあー、びっくりした。
ほっと息を吐くと、そこで初めて、なんだか温かいなあ、と感じた。なんでかな、と首を捻り、そこで私はびっくりして飛び上がった拍子に近くにあったものにしがみついていたことに気が付いた。……近くにあったものというか、隣にいた、泉田くんに。
泉田くんにしっかりとくっついた状態のまま、そーっと顔を上げる。

「……」

わ、泉田くん、顔赤い。
さっきから黙ったままの泉田くんの真っ赤になった顔を見て、つられて私まで頬が熱くなる。
ここにきて、私は大変なことをしてしまったのではないかと自覚した。

「あの、」
「っ」

小さく声をかけたら、弾かれたように泉田くんが顔を上げて、一瞬のうちに私は彼から剥がされていた。

「よ、嫁入り前の女がこんなことすんじゃねぇ!」

嫁入り前。
確かに嫁入り前だけど。

「ご、ごめんね、びっくりしちゃって」

しょんぼりと反省しながら謝れば、顔を赤くして焦っていた泉田くんが少し落ち着きを取り戻し、咳払いをする。

「いや、俺もちょっと……焦ってたっつーか」

珍しくもごもごと口ごもる泉田くんの顔が、今更ながらに恥ずかしくなってしまって、見られない。

「び、びっくりしたよね!急にあんなの飛び出てくると思わないもん!」
「驚いたのはそっちじゃねーけど」
「え?」

変な空気を誤魔化そうと努めて明るい声を出した私に、泉田くんが小さく返す。

「……苗字のでけー声のがずっとびっくりした」

ふっ、と意地悪く笑った泉田くんに、からかわれた!ひどい!と声をあげる。
気付けばいつもの泉田くんで、それになんだか安心して、でもやっぱり心のどこかが未だにドキドキしたまま、私は家路に着く。
いつものように駅まで送ってくれる泉田くんに、ありがとうとお礼を言えば、やっぱり何故か顔を逸らされて、でもその後、小さく微笑んでくれた。それを見て、ポッと心が温かくなったように感じた。

prev / next

[ back to top ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -