Sweet | ナノ


▼ 13

泉田くん、どこ行っちゃったんだろう。先に帰ったってことは、多分ないと思うんだけど。
きょろきょろと辺りを見回して、何のヒントもないまま歩く。さっきの話をしたそばから消えちゃうなんて、不安になるからやめてほしい。
大通りにも彼らしい姿は見当たらなくて、それならと反対の、人気のない方に来たけれど、こんなところに特に用事もないだろうしなあ。

「何か言えよ泉田!」

今、泉田って言った?
声のした方に急いで行ってみると、泉田くんが三人の高校生くらいの人達に囲まれていた。
あれって、喧嘩?
ハラハラしながら物陰から様子を伺っていたら、そのうちの一人が苛立ち紛れに足元にあった瓶を蹴飛ばした。コンクリートの壁にぶつかり、パリンッと大きな音を立てて割れたガラスにびくりと震える。
それに驚いた様子一つ見せずにいる泉田くんに、別の人が殴りかかった。

「!」

叫びそうになる口を咄嗟に覆う。泉田くんがその拳を難なく受け止めたのを見て、ホッと息を吐いた。
びっくりした……。
同時に、ぽたりと目から涙が零れる。
ぶたれなくて良かったあ。でも、どうしよう。泉田くん、このままじゃきっと怪我しちゃう。助けたい、けど、私が出ていったところで何も出来ないし、迷惑でしかないのは目に見えている。
足が震えて、今にも座り込んでしまいそう。どうしたらいいんだろう。怖い。怖いよ。
そう思っていたら、不意に泉田くんがこちらを見た。ハッとした顔をした泉田くんが目を見開いたのが、この距離でもわかった。
ああ、今、間違いなく目が合った。
そう思った次の瞬間、泉田くんの頬に思いっきり拳が振るわれた。

「ひっ」

つい声が出たけれど、高校生達は泉田くんの方しか見ていなくて、気付かれはしなかった。
泉田くんを殴ったのは、さっき泉田くんに手を止められた人だ。そのまま、もう一人が泉田くんのお腹を蹴って、泉田くんの身体がよろめく。

(泉田くん!)

今すぐにでも彼のところに行きたくて、飛び出そうとしたら、再び泉田くんがこちらを見た。
こっち来んな。
はっきりとそう伝えてくる瞳に、走り出そうとしていた足から力が抜け、かくんと膝から崩れ落ちる。ぶわわっと視界が滲んで、涙があふれた。
次々とあふれて止まらない涙を拭いながら、泉田くんが体勢を持ち直すのを見つめる。更に殴りかかろうとした男の人の足を引っかけたのか、その人が盛大に転んで、ついでに傍にいた人も巻き込まれた。その隙をついて、泉田くんが走り出す。残った一人が倒れている二人に声をかけて、泉田くんを三人で追っていく。

「ひっく……うぅ……」

その様子を見届けてから、立ち上がる気力もなくて、私は一人でわんわん泣き続けた。
泉田くん、大丈夫かな。大丈夫だよね、逃げ切れるよね。ぶたれたところ、痛いよね。心配だよ。
今になって、警察を呼べばよかったと気付いて、盛大に後悔する。わたし、なんてバカなんだろう。

「うわああんっ」

人がいないのをいいことに、人目を憚らず泣いていたら、ふと人の気配を感じた。

「苗字」
「う、……いず、み」

申し訳なさそうに眉を下げて、泉田くんが私の傍にしゃがみこむ。ずっと、走ってきたんだろう。息が切れているし、汗もかいてる。

「悪い」

ふるふると、泉田くんの言葉に首を振る。泉田くんは何も悪いことしてないじゃない。そもそも、勝手に捜しに来て、勝手に泣いているのは私だ。

「怖かっただろ」

泉田くんの言葉に、こくんと頷いて、それから首を振った。自分でも意味わからないことをしていると思う。
たしかに、とっても怖かった。怖かったけど、私が怖い目にあったわけじゃない。

「けが、平気?」

ぐずぐず言いながら、どうにか単語らしい単語を絞り出す。すると今度は泉田くんがこくりと頷いたので、それに安心して、また更に涙が出てきた。私の涙腺やばい、なんて頭の冷静なところで考える。

「よ、よかったよおお……うえええんっ」
「おいっ、」

泣いてばかりの私に、泉田くんがおろおろとあからさまに困った様子を見せる。こんなに慌てている泉田くんは初めてだ。
日はとっくに沈んで、ただでさえ暗いなか、更に暗い物陰で、泉田くんは私が泣き止むまで困った顔をしながら、ずっと、ずっと傍にいてくれた。

prev / next

[ back to top ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -