私は万里くんに甘やかされているのかもしれない | ナノ
勉強の気分転換にやろうと私が誘った、十年越しのオセロ対決。小さい頃に正しくオセロで遊べていたかは、置いておくとして。
結果は言うまでもなく万里くんの圧勝だった。

「ああーっ、やっぱ負けたー!」
「やっぱ勝ったな」

ニッと笑った万里くんは「にしても」と言葉を続ける。

「負けるってわかってんのによく挑んでくるよな、名前」
「もしかしたら奇跡的に勝てるかもしれないじゃない」
「ま、その心がけはいいんじゃねーの」
「その余裕な感じが憎らしい!」

むっと悔しがってみせれば、万里くんが愉快そうに笑う。やっぱり勝者の余裕が滲み出ている……!
この前神経衰弱をやった時も負けたし、そもそも相手は私が幼い頃から何でも出来るって尊敬してる万里くんなんだから正直勝てる気なんてしないけど、でも何かしらの方法で一回くらいは勝ってみたい。

「そういえば万里くんって苦手なこととかないの?」
「苦手なこと?ねぇな」
「だよねぇ」

それでこそ万里くん、なんて思っちゃうから、万里くんって人はすごい。

「あ」
「どうしたの?」
「苦手なことはねーけど、弱いもんならあるな」
「そうなの!?」

万里くんの弱いものってなに!?
驚いて前のめりに聞けば、万里くんは「ヒミツ」とにやりと笑った。

「えー、教えてくれたっていいじゃない」

だいたいなんでも万里くんが勝つんだし、弱点の一つくらい知らないとフェアじゃない。
説得力なんて何にも持たない私の主張を万里くんは頬杖をつきながら一応ちゃんと聞いてくれる。しかも一生懸命お願いする私をなぜか笑顔で見つめてくるから、ちょっとドキッとしてしまう。

「まー教えてもいいけど。っつーか名前わかってねーのかよ」
「え?」

私が知ってるはずのこと?
思い返してみようにも、万里くんはいつも何に対しても余裕だった気がして、全然わからない。

「名前」
「なに?」
「だから、」

プルルル……
万里くんの声を着信音がかき消した。
友達から電話だ。どうしたのかな。
万里くんに断りを入れて電話に出ると、友達の慌てた声が聞こえてきた。

「うん。……え?……ええっ!?」

学校の鞄を開けて、教科書を出す。言われたページを開いて、範囲を確認して……。

「ば、ばんりくーん……」
「なんだ、知らされてないテストの箇所でもあったか?」
「うん」
「マジか」

正式にはちょっとだけ違う。明日の選択科目でテストがあると、私達のクラスでは知らされてなかったらしい。友達がもう一つのクラスの子と偶然話して、そのことが発覚したそうだ。

「知らされてなかったなら、中止になんじゃね?」
「そうかもしれないけど、でももしあったら大変だよ」

どうしよう、と泣きつけば、宥めるように頭を撫でられる。

「俺が手伝うから安心しろって」
「でも万里くんは受験勉強あるし」
「これも勉強だろ。俺のためにもなっから」

万里くん、やっぱり私に甘すぎないかな。いいのかな。
そうは思うけど、万里くんが教えてくれるとわかりやすいしすごく助かるのは本当なので、素直に甘えてしまいたいのも事実だ。

「いいの?」
「いいっつってんだろ」
「ありがとう、万里くん」

私の頭を離れた万里くんの手を感謝をこめて両手で握ると、万里くんが少し間をあけて「おー」と小さく返事をしてくれた。

「だから、弱ぇんだって」と聞こえた気がしたけれど、はっきりと聞こえたわけじゃないから、そのまますぐに万里くんと一緒に明日のテスト対策に取り組んだ私は、万里くんが何に弱いのか、結局わからず終いだった。

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