私は万里くんに甘やかされているのかもしれない | ナノ
「その帽子かわいいね」
「いいだろ?」

オシャレな万里くんは、よく(きっと高価であろう)かっこいいものを身につけている。それに本人が負けないのが万里くんのすごいところだ。
でも、今日初めて見た鍔のついた帽子はかわいくて、それを伝えたら万里くんは得意気な顔で笑った。万里くん、こういうところが素直なの、ちょっと微笑ましい。
当然のように私の手を取り、指を絡めてくる万里くんには未だにびっくりして、体がかたくなってしまう。それに万里くんが気付いて、くつくつと、なぜか嬉しそうに笑うまでがもはやセットのようになっている。
時々、手を繋ぐんじゃなくて腕を組むようにと言われることもある。万里くんはそっちが結構好きみたい。私は、どっちも恋人っぽくて、緊張してドキドキしちゃう。


「ふざけんなよテメェ!」
「わっ、」

突然、耳をつんざくような怒鳴り声が響いて、びくっと肩が跳ねた。息を呑みながら、思わず万里くんにしがみつくようにしてくっついてしまう。
ぎゃあぎゃあと捲し立てる男の人の声は、彼が激昂している様を示している。周りの人達も足を止め、声のした方を見ていた。

「喧嘩、かな?すぐ終わるといいね……」

なんの被害もなく、すぐに解決するといい。
怖くて、小さな声で言いながら、万里くんと繋いだ手にぎゅっと力を入れる。
一際大きな怒声が聞こえて、反射的に目を瞑った。

「…………」

ふと、万里くんがじっとこちらを見ていることに気がついて、顔を上げようとする。すると、ぽす、と頭に何かが乗ると同時に目の前が真っ暗になった。
……これって、帽子?

「ちょっとこれ被っててな」
「万里くん?」
「すぐ終わっから、いい子でここで待ってろよ」
「えっ、このまま?」
「そ。そのまま」

つまり、帽子で目の前が真っ暗なまま?
それを強調するように、私に被せた帽子を更に前へと少し傾けて、万里くんが去っていく。
離れていく足音を聞きながら、私は戸惑いつつ、被った帽子の鍔に触れた。
追いかけようとも、何か言おうとも思いはしなかった。なんとなく、万里くんは喧嘩してる人達の方へ行ったような気がしたから。

真っ暗な視界のなか、「んだよテメェは!」って声がしたけれど、それからはあまりはっきりとした言葉は聞こえなかった。ごちゃごちゃと、喧嘩に関係があるのかないのかわからない人の声が近くで、遠くで、聞こえる。ずっと私が聞こうとしているのは万里くんの声なのに、それは全然聞こえない。

間もなく、人がこちらに近付いてきているのを感じた。万里くん、なのかな……?

「名前、お待たせ」
「万里くん!」

聞きなれた、大好きな人の声にホッとする。
視界が開けて、少しの眩しさと一緒に万里くんのきれいな顔がとびこんできた。少なくとも顔には、怪我とかはしてないみたい。
ぱちぱちと瞬きをする私を見て、万里くんが微笑んだ。私の頭から取られた帽子が、持ち主のところへ戻る。

「さっきの喧嘩、終わったから。もうこれで怖くねーだろ?」
「う、うん……」

万里くんを見上げ、おずおずと頷く。万里くんのその言い方、まるで私が怖がってるから、そのために喧嘩を止めに行ってくれたみたい。なんて、自意識過剰かな。

「折角のデートなのに、名前がびびってんじゃ、楽しめねーからな」
「うん……あの、ありがとう」

自意識過剰、かもしれないけれど。でもお礼を言ったら、万里くんが私の手を取りながらカラッと笑った。

「ま、俺、名前の彼氏だし」

それにびっくりして、ドキドキして、……嬉しくて。

「にしても、名前もこの帽子結構似合ってたな」
「そう?ちゃんと被ってはないけど」

答えた瞬間、万里くんの帽子がまた私に被せられる。「ほら、カワイイ」って笑いかけられたら、ドキドキして、ほらって言われても私には見えないよ、って言い返すことすら出来なくなってしまう。

「今日は名前の帽子でも見に行くか」
「あっ、それなら私、ほしいなって思ってるのがあって」

こういうのがほしくて、と話すのを万里くんが頷きながら聞いてくれる。
繋いだままの万里くんの手は大きくて、温かくて、私の手が包まれてるみたいだ。それに、すごく安心する。
さっきみたいな喧嘩とか、びっくりするし、怖いけど。でも……

「万里くんがいたら、私、どんな時も大丈夫な気がする」
「まぁ俺も、名前のためならなんでもするつもり」
「え」

すごい口説き文句が返ってきたとぽかんとしたら、万里くんが「なんてな」とイタズラっぽく笑った。その表情が、どうしようもなくかっこよくて。胸のあたりが焼けそうなくらい熱くなって、好き、好き、って気持ちがあふれて、止まらなくなりそう。

「ははっ、顔真っ赤」
「うう……」

万里くんの指先がそっと私の頬に触れる。その手付きがいつも通りすごく優しくて、私は更に顔が赤くなるのがわかった。
出来ることなら、さっきよりも今、万里くんの帽子を被って顔を隠したいくらいだよ。

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