私は万里くんに甘やかされているのかもしれない | ナノ
「お母さんが、万里くんに会いたいんだって」

私は気恥ずかしいので気が進まないけれど。
先日体調を崩した時に、通りかかった万里くんが家まで送ってくれたとだけお母さんに伝えたら、「ちゃんとお礼をしなきゃ!」と張り切ってしまったのだ。前々から会いたがっていたし。ああ、でもやっぱり気が進まない。
そんな態度が出ていたのか、万里くんは私を見て、「なら行くしかねーな」とニヤッと笑った。ああ、嫌な予感。


「お邪魔します」

それはもう、文句のつけようのない人当たりの良い笑顔で、万里くんが挨拶をする。「いらっしゃい」と喜ぶお母さんも、普段より声がワントーン高い。そんな二人を見たら居心地が悪くなってしまい、間に立ちながら私はどうしたらいいのだろうと戸惑った。やっぱり変な感じだ。
ご機嫌なお母さんが、ケーキと飲み物、そして万里くんがお土産で持ってきてくれた焼き菓子を出してくれる。それを食べながら、秋組公演の話とか、万里くんの劇団のこととか、学校のこととか、とりとめもない話をした。私も聞いたことのない万里くんの話を聞けて、あれだけ気が乗らなかったはずなのに、気付けば普通に楽しんでしまっていた。
万里くんがお母さんに、「左京さんが好きって聞きましたけど」と言った時には、余計なことを言って、と叱られたけど。いつも余計なことを万里くんのお母さんに話しているのは、お母さんの方だと思う。

「そうそう、アルバムを用意しておいたの。見る?」
「ぜひ」
「なんでそんなの用意したの!」
「万里くんが見たいかなって」

見たくないよ、見なくていいよ、と情けない声を出す私のことなんてお構いなしでアルバムを開く二人に、ああ、これは完全に勝てないやつだと実感した。
アルバムに入っていたのは、幼い頃の万里くんと私の写真。万里くんのお姉ちゃんが映っている写真もある。小さい頃から美人だ。将来美人になるってわかる顔をしている。それは勿論、幼い万里くんもだけれど。
その頃の写真を見ながら思い出話をするところまでは良かった。しかし何故か私が引っ越した後の写真まで見ることになって、しかも万里くんが「これはいつの写真だ?」なんて余計な質問を沢山するから、結果的に私の半生が語られることとなった。聞いてもなにも面白くなんかないのに。
万里くんが写真を見て普通に「カワイイ」なんて言うものだから、私は素直に照れてしまって、けれどそれを万里くんにもお母さんにも知られたくはなくて、隠すのが大変だった。……多分、隠しきれていたと信じたい。
はぁ……なんの時間だったんだろう、これ。


「変わんねーな、名前の母さん」
「そう?」

夕方になって、途中までお見送りをするつもりで万里くんと一緒に家を出た。万里くんはどこか困ったような顔をしたけれど。
家を出てちょっともしない場所で「ここまででいい」なんて言われるものだから戸惑えば、「帰りが危ねーだろ」と尤もらしく言われた。もうちょっとお見送りをしたところで、全然危なくなんかないと思うけどなぁ。
釈然としないまま、そしてそこで足が止まったまま自然と、万里くんと話し始める。まるで井戸端会議だ。いつもつい友達ともやってしまう。

「にしても、着ぐるみが怖くて泣いてる名前の写真、最高だったな」
「いつまでその話引きずるの!」

もーっ、と膨れる私に、万里くんが悪びれずに笑う。

「いいじゃん、可愛かったぜ」
「そんなこと言ったって、」
「本当にカワイイって。ずっと」

万里くんがまっすぐに私を見つめて告げた言葉に、咄嗟に声を出せないまま、口を閉じる。
ずっと?
アルバムで見た、昔から、「ずっと」?

「え、あの、」

なに、それ。だって急にそんな、ちゃんと褒められても、こまる。
まごついて、目線を泳がせていたら、万里くんの口角が上がったのが視界の端に映った。

「ほらな」

どことなく満足気な声に再び万里くんと目を合わせたら、彼が思った以上に優しい目で私を見ていて、ドキッと心臓が跳ねた。明るい、ミルクティーみたいな色をした彼の長めの前髪が風で揺れるのを、何も言えないまま目で追う。
なんで、万里くんはそんなことばっかり言うんだろう。どうしていつも、こんなに優しいんだろう。私に甘いのだろう。
そんなことばかりされたら、ドキドキし過ぎて、頭のなかがおかしくなってしまいそうだ。
何かを言いたくて、でも言えなくて、きゅ、と自分の手を握る。

遠く、セピア色をしていたはずの初恋が、いつの間にか鮮やかに色づいていることには、まだ気付かないふりをしていたいのに。

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