私は万里くんに甘やかされているのかもしれない | ナノ
甘やかされている。
もしかして?と思っていたけれど、体調不良のあの日以来、顕著になった。
私はやっぱり万里くんに甘やかされている。

「万里くん、それくらい私持てるよ」

ゲームセンターで万里くんが取ってくれたぬいぐるみは、結構大きめだけれどぬいぐるみなので勿論軽い。取ってもらったのだから自分で持つと言う私のことなんてお構いなしの万里くんに食い下がったら、「んじゃ、はい」と空いている方の手がのびてきた。

「?」
「それなら、名前はこっちな」

こっちって、手を繋ぐってこと?
万里くんの手に自分の手を重ねたら、すぐに繋がれて、万里くんが歩き始める。
……これ、荷物持つのと何も関係なくない?
万里くんを見上げれば、機嫌良さそうに歩いている。ぬいぐるみは軽いので、持ったところで万里くんも負担にはならないだろうけど……まぁ、邪魔にはなる気がするけど。
しかしそれ以上私に出来ることは思い浮かばなくて、いまいち納得はしていないけれど、ひとまず万里くんにお願いすることにする。
なんだか最近、こんなことばかりだ。
万里くんは変わらず遊ぼうと誘ってくれて、前以上に体調を気遣われて、前以上に優しい気がして……あと、なんていうか、雰囲気がちょっと前と違う気がする。何の、というべきかはわからないけれど。それがくすぐったいような、じれったいような、ふしぎな感じ。でもなにも嫌じゃない。

「今度また公演やっけど、名前、観に来るだろ?」
「うん、行く!何やるの?」
「それはまだ内緒な」
「えー」

次はどんな舞台になるんだろう。万里くん、どんな役をやるのかな。楽しみだなあ!

「お母さんも絶対に行きたがるから、一緒に行くね」
「秋組の旗揚げ公演、観に来てくれたんだっけか」
「うん。お母さんはボスやってた人が好きなの」
「あ?」

眉をひくりと上げた万里くんは顔を歪めて、「左京さんかよ……」とぼやく。不満全開の表情が面白くて、つい笑ってしまった。それなら、ともうちょっと言いたい気持ちが湧いてくる。

「私は七尾くんが好きだったなあ。病弱な少年」

物語も人物も、荒々しい雰囲気のなか、それとコントラストのような彼の存在は、とても良かった。
にこにこと話せば、万里くんは眉根を寄せて、それからぷい、と前を向く。捨て台詞のような言葉を吐いて。

「んなこと言ったって、名前は俺のファンだろ」
「え」

なにかを言おうにも、ぎゅ、と繋いだ手に力が入ったことに気を取られて、ドキッとしてしまって、声が出なかった。

「だってお前のすげー長い感想、殆ど俺のことだったしな」
「!」

そうだ、アンケートを読まれていたんだ!
しかも万里くん、多分だけど、私が書いたって知ってから、あれを読み直した気がする。そう言われたわけじゃないし勘でしかないけれど、そうだと思う。

「それを出すのは反則です……」

心の中で白旗を揚げながら言えば、万里くんが勝ち誇ったように笑う。

「で、名前は誰が好きだったって?」
「……摂津万里くんです」
「最初からそう言えよ」

だってあまりにも簡単に、わかりやすく不満な顔をする万里くんが珍しくて面白かったから。というか、かわいかったから。とか言ったら色々なことが百倍くらいになって返って来そうだから言わないけど。

「じゃー今日はファンサービスでもすっか」
「ファンサービス?」
「あの店。名前が好きそうなケーキあるぜ」
「どれどれ!?」

万里くんに連れられて行ったケーキ屋さんのケーキは可愛くて、おいしくて、最高に私好みの味をしていた。すごいなあ、万里くん。なんでこんなお店見つけられるんだろう。なんで私が大好きな味だってわかったんだろう。

「しあわせー」

紅茶を飲みながら自然と零れた言葉に、万里くんは得意気に笑った。
気付けばまた完了していたお会計には焦ったけれど、万里くんに頭を撫でて誤魔化されてしまった。そんなことで誤魔化されるわけないと思うのだけど、後から考えても、やっぱりあの時、それで結局誤魔化されてしまったのだ、私は。

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