私が始めた「一人暮らし」というものは、正しくは「一人暮らし(仮)」な気がする。
朝食を終えて部屋に戻り、一息ついた私は、リビングに戻ったら当然の様に、ソファに座ってテレビを観ている天王さんと海王さんの後姿を見て、思った。
私が入ってきたことに気付いた二人が、同時に振り返る。わー、二人して美しい。

「名前もこっちにおいで」
「はい…」

天王さんに呼ばれて、二人の間に座らされる。
逃げ場がない。
縮こまって座っていたら、海王さんに「名前、今日の予定は何かあるかしら?」と聞かれた。

「いいえ、特には決めていないです」

本当は、引っ越してきた家の片づけをしようと思っていたのだけど…まさか、来てみたら全部完璧にされているとは思わなかった。お父さん、甘いなあ。

「じゃあ、僕たちとこの辺りを散策しないか?まだ、分からないところも多いだろ」
「いいんですか?ありがとうございます」
「ただし、出かける前に一つ」

ぴん、と長い人差し指を立てた天王さんに、何事だろうかと、ごくりと息をのむ。

「その敬語と呼び方、どうにかしてくれないか」
「え?」
「それをどうにかしてくれたら、どこへなりとも、君の好きなところに連れて行ってあげるよ」

困って、海王さんの方を見ると、にこりと優美な笑顔を向けられる。海王さんも、同じ意見らしい。

「でも、年上だし…」
「とはいえ、君のお父さんは僕たちのパトロンだからね」
「本来は、私たちこそ敬語を使うべきなんだけど、はるかと相談して、そうしないことにしたの。その方が、あなたとも早く、仲良くなれると思って。嫌だったかしら?」

海王さんの問いかけに、ぶんぶんと首を振る。嫌なわけがない。
こんな人たちが、私と仲良くしようと思ってくれることが、そもそもとても嬉しいし、ありがたい。

「じゃあ、学校では勿論敬語だけど、その他でなら…」
「ああ、そうしてくれると嬉しいよ」

天王さんに頭を撫でられて、恥ずかしくて俯いてしまう。うう、格好良い。
でも、問題は、呼び名だ。
天王はるかさんに、海王みちるさん。
二人は、気付いた時には私を呼び捨てにしてたけど、呼び捨ては、流石にちょっと抵抗があるし…。

「あの…はるかくんと、みちるちゃん?」

伺うように、小さな声で呼んでから、そろりそろりと、二人を見やる。
すると二人は、顔を見合わせたあと、くすくすと笑い出した。わー、だめだった!

「えっと、違うの、そのっ」
「あら、何が違くて?」
「そうだよ。いいじゃないか」
「えっ?」

笑うの?良いの?だめなの?どっち?

「ふふ、そんな風に呼ばれたことがなかったから、新鮮ね」
「ああ、僕もだ」
「そうなの…?」

確かに、「くん」とか「ちゃん」っていうより、「さん」とか「様」が似合うもんね。

「ええ。だから、名前だけの、特別な呼び方だわ」
「みちるちゃん、はるかくん?」
「ええ」
「何だい」

再度、さっきよりももう少しちゃんと呼んでみたら、二人が笑って返事をしてくれる。たったそれだけのことが、とても嬉しくて、どきどきと心臓の鼓動が速まった。まるで、心臓までもが嬉しくて、ジャンプしてるみたい。

「私、二人のおすすめのお店に連れて行ってほしいな」
「まあ、随分と可愛らしいリクエストね」
「そういうことなら、喜んで」

立ち上がった二人が、手を差し伸べてくれる。
それを握り返して、私もソファから立ち上がった。

世に言う一人暮らしとは全然違う一人暮らしになりそうだけど、でも、一人暮らしよりもずっと、楽しくて、幸せで、どきどきする生活が始まったのを確信して。
あなたの名前

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