莇くんの誕生日


銀泉会の人達に、MANKAIカンパニーの人達、それに志太くんとかも。お誕生日の莇くんは、いつも以上に忙しい。
そんな莇くんに今日私が会うのは最後の最後になっている。優先度が低いとかじゃなくて、私たっての希望だ。なんなら、夜に少し会えたらいいなと言ったら、莇くん本人には口をへの字に曲げられた。彼としては納得のいかないお願いだったらしい。遠慮しているとかじゃなくて私の我儘で言っているのだとお願いしてどうにか聞き入れてもらった。

お誕生日おめでとうのメッセージは日付が変わってすぐに送ったけれど、多分私より先に他の人からのメッセージが届いているだろう。スマホの操作では、なかなか一成さんや太一さんに敵いそうにない。あの二人はすごい。この前は私の通販戦争で大変お世話になった。

(もうそろそろだよね)

莇くんから連絡が来た時間まで、あと五分もない。
緊張と楽しみな気持ちとが混ざって、そわそわする。莇くんに会う時の私は、そうと伝えていなくても端から見ると分かるらしい。顔にも態度にも出過ぎと私に指摘した友達には、「そんなに好きになれる人ができて良かったね」と呆れ半分で笑われた。
それを素直に受け止めて本当にそうだねと頷いてしまう私は、おめでたい頭をしているのかもと自分でも思う。でも、その通りなのだ。こんなにも大好きな人がいて、しかもその人と結婚することになっているなんて。今でも夢みたいって思うし、考えただけでドキドキしてだらしなく緩む表情を取り繕えなくなってしまう。
きっと、今の私も友達に見られたらあの時と同じ顔で笑われるんだろうなぁ。

本当は外に出て莇くんを待っていたいけど、それをやると怒られてしまうので、私は逸る気持ちを発散させるように玄関の周りをうろうろと歩き回る。
莇くんがいるところに私が行った方が早く会えるのに、莇くんは私が夜に出歩くのにいい顔をしない。危ないだろ、とのことだ。大袈裟だなあとは思うけど、行動を制限するとかではなく純粋に心配をしてくれる莇くんに、それならちゃんと外に出ないようにしようと思える。それに、莇くんが私を大事にしてくれているのが伝わってきて、嬉しくもあるし。

スマホが震えて、着いたという連絡が来たのを見てすぐ、インターホンが鳴った。

「莇くん、来てくれてありがとう!」
「待たせて悪い」

申し訳なさそうに眉をしかめる莇くんに、お願いしたのは私なんだからと首を振る。

「お誕生日おめでとう」
「ありがとな」

今日一日、沢山言われたであろう言葉。莇くんを前にして言うのを楽しみにしていたそれを伝えたら、莇くんが小さく笑う。ほんの少し緩んだ目元に、キュンと心臓が高鳴った。こうして莇くんが私に向けてくれる、普段より優しい表情を見る度、好きって気持ちが募っているって莇くんは知っているんだろうか。

「にしても、なんで最後がいいなんて言ったんだよ」
「ごめんね、来るの面倒だった?」
「そうじゃなくて……」

歯切れ悪く言う莇くんは、未だ私のお願いに納得していなかったらしい。そんなに気にしてたんだって、ちょっとびっくりだ。
でもね、私なりにちゃんと理由があって言ったんだよ。

「だって、来年からは日付が変わる前からずっと一緒にいて、真っ先に莇くんのことをお祝い出来るけど、最後に会ってお祝いする人になれるのは今年だけだから」

誕生日に莇くんが仕事で家にいないこととかもあるかもしれないけれど、でも基本的には、家で一緒にいてくれるだろうから。一日の終わりまで会えないっていうのは、多分この先あまりないだろう。だから、最後にやっと会えるっていう「特別」を絶対に今年、やっておきたかったんだ。

私の話に、莇くんは何も言わない。何も言わないけれど、少し泳いだ目線とかきゅっと結ばれた唇から「あ、ちょっと照れてる」って分かって、つられて私もちょっとだけ照れてしまった。

「納得してくれた?」
「……まぁ、ちょっとは」
「ちょっとかぁ」

少し拗ねたような言い方がかわいいなんて思ったのは、胸のなかにしまっておく。言ったら莇くん、本当に拗ねちゃうかもしれないもんね。

「あのね、私まだやりたいことがあるの」
「なんだ?」

ちょいちょい、と手招きをして、莇くんに屈んでもらう。いつもより近くなった綺麗な顔に、自分でお願いしておきながらドキッとした。莇くんがかっこいいのが悪い。
緊張でばくばくと脈打つ心臓を少しでも落ち着かせるように、ふぅ、と息を吐く。
よし、女は度胸!
えいっ、と間髪いれずに、莇くんの頬――というよりは唇の端に近いところに、キスをした。

……ら、莇くんが固まって動かなくなった。

ドキドキと暴れて収まらない心臓の音が耳に響く。固まったまま動かない莇くんを前にしてどうしたらいいか分からずに、そっと莇くんの手に触れたら、ハッとしたように莇くんがこちらを見た。反射なのか慣れなのか、触れた手を握って繋がれる。
口をぱくぱくしてる。顔、真っ赤。
私も同じくらい赤いだろうけど。

「! は、はぁっ!? 今っ……」
「お、お誕生日、おめでとう……」

キスした理由はそれだと押し付けるように、もう一度お祝いの言葉を伝えたら、莇くんは繋いでいない方の手で顔を覆って、はぁー、と息を吐き出した。赤い顔は全然、隠せてない。
莇くんのせいか、私のせいか分からないけれど、繋いだ手がやけに熱くて、その熱でただでさえ照れて熱くなっている体温が更に上がった気がした。

「名前」
「はい」
「抱き締めて、いいか?」
「……うん」

返事をするや否や、ぎゅうと抱き締められた身体はやっぱりどちらもあっつくて、知ってた、と内心笑いながら、早すぎる鼓動を共有する。

「向こうに誕生日プレゼントあるよ」
「……ああ」
「まだいいの?」
「ああ」
「あざみくん?」
「ああ」

莇くん、「ああ」しか言わなくなっちゃった。
おかしいような、妙に嬉しいような気持ちで、今はまだ滅多にないふれあいに、喜びと少しの緊張を混ぜて身を委ねる。

来年には、手を繋ぐみたいに、こういうのにも慣れているのかな。
きっとそうだろうなっていう期待と、たとえ慣れたとしてもこの嬉しさもドキドキも変わらないんだろうなっていう確信がある。だって手を繋ぐのもそうだもの。

「莇くん」
「ああ」
「大好き」

やっぱりまだ「ああ」しか言えない状態らしい莇くんは、返事をする代わりに、ぎゅって私を抱きしめる力を強くした。
ちょっとだけ痛いけど、全然痛くないや。

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