あなたに触れる


結納の時には、綺麗な朱色の振袖を着た。派手じゃないかなと心配したけれど、着てみると意外と落ち着きがあって、私の前に立った莇くんが、着物の色を移したみたいに頬を染めたのが嬉しくて、誇らしくて、最高にしあわせだった。袴姿の莇くんはすごくかっこよかったから、そう言う私だって同じ色に頬を染めていたのだけど。

銀泉会に、MANKAIカンパニーと、莇くんには大切な家族が二つある。そして両方、人がとっても沢山いる。だから莇くんと婚約した私も、もうすぐ家族が一気に増える予定だ。
みんなの顔と名前を覚えられるようにと、迫田さんと三好さんがそれぞれに所属する人を紹介するパンフレットを作ってくれた。……あ、違う。ケンさんと、一成さん。家族になるんだから名前で呼んでほしいと言って、私を温かく歓迎してくれた、莇くんの大好きで大切な人たち。

ケンさんの方は、覚えやすいようにとその人の武勇伝(といっても怖いものはあまり書かれてなくて、結構可愛くてほっこりするお話があって微笑ましい)が丁寧な文字で書かれていて、左京さんの説明だけ異常に長い。みんなは数行なのに、左京さんのだけ六ページみっしり文字が詰まっている。書いた本人によると、これでもかなり削られていて、厳選に厳選を重ねた内容しか書かれていないらしい。
一成さんのは、カラフルでポップな見た目で、それぞれの人のあだ名や特徴がイラストと一緒に描かれている。使われている色やデザインからも、その人のイメージが掴めるような、可愛いパンフレット。莇くんに、一成さんのあだ名は真似するなって言われちゃってるけど。

二人が私のために時間や労力を使ってパンフレットを作ってくれたことも嬉しかったし、どちらも、そこの人たちのことが大好きなんだって気持ちが詰まっていて、もうちゃんとみんなのことは覚えていても、何度も見返してしまう。

「あっ、ちょっと!」
「……」
「もう、莇くんはー」

ソファーで寛ぎながらケンさんが作ってくれたパンフレットを読んでいたら、口をへの字に曲げた莇くんに閉じられてしまった。軽く睨んでみせても、何も効果はない。

「じゃあ、会長さんのところを読もう」
「わざと言ってんだろ、それ」

一番長い、左京さんの説明のところだけは、読んでいるのを莇くんに見つかると、いつもムッとした顔で閉じられてしまう。面白いからお気に入りなのに。

「それに、会長さんって呼んだらまた文句言われるぞ」
「うっ……。 お、お義父さん……って、ちゃんと今度は呼ぶし、慣れるもん!」

莇くんが言ってるのは、前に莇くんのお父さんを会長さんって呼んだ私に、左京さんが「ちゃんと呼ばねぇから拗ねちまっただろうが」と、初めて茶化すようなことを言ったのを聞いた時のことだ。
あの時はびっくりしたなぁ。だって、ヤクザの会長さんを茶化すなんて。同時に、銀泉会の人たちの仲の良さを感じたんだけど。

「あ?誰が拗ねてるって?」
「はっ、いい年して拗ねるとかあり得ねー」

相変わらずお父さんと左京さんには生意気な口をきく莇くんだけど、言いながら瞳の奥に見え隠れする優しい色とか、温かみのある声の温度に、目の前にいる、素直じゃないのに素直な家族が微笑ましくて、愛しくて、自然と口許が緩んだものだ。


「私が照れるのわかってて言うなんて、莇くん意地悪だ!」
「先に喧嘩売ったのはそっちだろ」
「売ってないもんー!」

そもそも、莇くんがヤキモチやきなのがいけない。……この場合、妬いてる理由が私なのかケンさんなのか、微妙ってところがちょっぴり複雑だけど。多分両方だろうということにしている。真実は莇くんのみぞ知る。

ぺしぺし、と莇くんをたたく真似をしたら、「はいはい」なんて軽くあしらわれながらその手を掴まれる。
手、抜けない。動けなくなった。

「んぐぐ……。莇くん、やっぱ力強、い……」

言いながら顔を上げたら、予想外に間近にあった莇くんの顔に、ドキッとして声が上ずった。莇くんも驚いたのか、二人して目を丸くしたまま至近距離で見つめあう。
「ね……」と、置いてきぼりになった最後の一音だけが、場違いに私たちの間に零れた。

そもそも、こうしてふざけあった結果、手を握るなんてことになるの自体、私たちにとっては大きな変化だ。
ふとそれを思い出して、急に照れたのは、莇くんに伝わってしまっただろうか。

莇くんと婚約して、手を繋ぐようになって、それまでは事故とか緊急の時くらいしかなかった、莇くんに触れるということが突然「ふつう」になった。
触れるようになるって、それまでとは全然違う。
莇くんの私より少し高い体温とか、全然荒れてないけれど男性らしくかたくて骨ばった手とか、そんな一つ一つを肌で感じるようになると、ふしぎと、急に莇くんとの距離が縮まったような気がするのだ。
勝手にそう感じてるだけのくせに戸惑って、それ以上に嬉しくて、あと、優越感みたいな感情もあったりして。誰に対してなんだか、意味がわからないけど。もしかしたら全世界の人に対してかもしれない。こんなことを言おうものなら、銀泉会の人にも、MANKAIカンパニーの人にも、とんだ惚気だと呆れられるのだろう。

「名前」

握った手はそのままに、じっと、莇くんが私を見つめる。どちらのせいか分からないけれど、触れ合っている手が、いつの間にかとっても熱い。
──莇くんと婚約して、手を繋ぐようになってから、稀に、こういう時がある。
いつもは涼しげな莇くんの緑色の瞳が、なんとも言えないくらい熱く感じる時。そういう時は決まって、莇くんは何も言わずにじっと私を見つめ続ける。その瞳の奥にある燃えるような熱を私に移そうとでもするように。このまま見つめられていたら、溶けてしまうと確信するほどの熱さ。それは莇くんの、私への想いみたいにも感じられて、その瞳で見つめられると私はいつも以上にドキドキして仕方がなくなって、動くことも、声を出すことも出来なくなってしまう。
与えられる熱を真正面から受け取って……沸騰してしまいそうなこの熱の先に、何が待っているんだろう。そこまで鈍感娘のつもりはないから、それはなんとなく知っているのと同時に、実際には、私はまだ、何も知らない。
いつか、私達の間にあるこの熱は、行き先を見つけるのだろうか。いつか。いつか、そう遠くない、もう約束している未来に──……

携帯が鳴る音で、ハッと二人して我に返る。
莇くんのだ。

「──万里さん? ああ、それは太一さんと……」

私に一言断りを入れてから電話に出た莇くんがこちらに背を向けて話し出すのを見て、ふぅ、とゆっくり息を吐いた。ホッとしたような、ちょっとだけ残念なような。
熱くなった頬を両手で包めば、それだけで少し涼しくなった。……どれだけ熱くなってたんだろう、私ってば。絶対に真っ赤だったよね。そんな顔をずっと見られていたとか、恥ずかしい。やっぱり電話が鳴ってくれてよかったかも。
頬を手で包んだままチラリと莇くんを見たら、丁度莇くんもこちらを振り返ったところで、目があって、なんとなく気恥ずかしくて同時に逸らした。
わぁ、莇くんと目があっちゃった!なんて、今更と言われそうなことを思っては照れてしまう。

「あ、」

頬から離した手をソファーに着くと、そこに莇くんの手が重なった。莇くんの手ですっぽりと覆い隠されてしまった自分の手を見て、こんなに大きさの差があったんだと改めて思う。
莇くんは相変わらず万里さんと電話をしていて、けれど、視線はいつの間にかまっすぐ私へと向けられている。
それを見て、吸い込まれるように見惚れて、それから数秒してからまた恥ずかしくなって、パッと二人して再び目を逸らす。
婚約したにしては初々しいと言われたことが何度かあるのは、こういうところのせいかもしれない。胸に湧く甘酸っぱい気持ちが私は大好きだから、まだまだ大切にとっておきたいのだけど。きっと莇くんもそうだから、私たちはこうなんだろうって、思ってる。

「名前?いるけど……なっ、イチャついてなんかねぇから!」
「!」

莇くん、万里さんに何言われたんだろう。っていうか、なんで私がいるって分かったのかな。
そわそわしながら莇くんを見上げたら、顔を真っ赤にしてまた何かを否定していた。
……あ、これ、気になるけどすぐには聞かない方がいいやつかもしれない。
莇くんが照れて教えてくれないやつだ。それにもし私が知ったら、きっと私まで照れちゃうやつ。
想像して、何も知らないくせに恥ずかしくなってしまって、行き場のない気持ちを発散するように、ぷらぷらと足を揺らしてみた。

気を紛らわすためにさっきまで見てたパンフレットをまた読みたいけど、莇くんの手があるから、出来ないなあ。手を動かすなんて選択肢、私にはないもの。
そんなことを考えて、再び莇くんの手で覆われている自分の手を見やる。
重ねたままの掌には、まだほんの少しだけ、さっきの熱が残っているような気がした。


(あなたに触れるのが、ふつうになった日々のこと。)

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