イミテーション・パパラチア


「あざみ!」

パタパタと、幼い少女が満面の笑みで駆けてくる。その動きに合わせて、頭につけたリボンがひらひらと揺れていた。
なまえは幼い頃から可愛くて、そして可愛がられる子だった。会長の孫で、しかも会にはほとんどいない女の子なのだから当然とも言えるだろう。
みょうじ会の人々だけでなく、銀泉会のメンバーもなまえが来ると皆してデレデレになり、こぞってなまえを可愛がるものだから、幼い莇がそれにへそを曲げることがなかったわけではない。
けれど、それがこじれることがなかったのは、いつだってその可愛がられているなまえ自身が、自分を可愛がる誰よりも、下手をしたら祖父よりも、莇のことを好いて寄ってきたからだ。(若い頃に智将と呼ばれた面影はどこへやら、彼女の祖父はとてもわかりやすくショックを受けていた。)しかも、周りが可愛いとなまえに向ける矢印より、なまえが莇を好きだと思う矢印の方が何倍も大きいのが見て取れるのだから、結局はへそを曲げる理由の方がおかしくなって、なくなってしまった。

「あざみ、あざみ!」

なまえに呼ばれれば、莇はいつだって足を止めて、少女を待つ。つれない態度は昔から変わらないけれど、なまえに呼ばれて、彼女を待つその瞳の奥にはいつだって嬉しさと優しさが滲んでいることは、案外きちんと本人に伝わっているものだ。



「アーニキー!」
「アーニキーィ」

迫田と、その真似をして後ろから顔を出したなまえに、左京は溜め息を吐いた。
迫田が頼まれた用事があってMANKAIカンパニーに来る時、どうやらなまえにも連絡を入れているらしい。残念ながら彼自慢のアニキ号に相乗りは出来ないが、タイミングを合わせて二人はしばしば一緒に寮を訪れた。それでも、ちゃんと「迫田のお手伝い」と名目がつく内容の時しか一緒に来ない辺りがなまえのなまえらしいところだ。

「おいお嬢」
「お嬢じゃなくて、なまえちゃんって呼んでって言ってるのに」
「誰が呼ぶか」
「えー」

ぶうぶうと文句を言うなまえを左京が軽くあしらう。
ちなみに、本人の希望通り、迫田など銀泉会のメンバーは多くがなまえのことを「なまえチャン」と呼んでいる。それが若干気持ち悪いというのは、莇の言だ。
迫田に挨拶をしに来た莇が、「左京がなまえちゃんって呼ぶとか、すげーきもい」と溢せば、呼ぶ気は更々ないものの左京は莇をギロリと睨んだ。その傍ではなまえが、莇からの「なまえちゃん」呼びに盛大にときめいていた。

制服で放課後に歩き回ってはいけないことになっているからと、なまえはいつもきちんと着替えてから外に出る。MANKAI寮に来る時も、……ちょっとその辺のワルをシメる時も。
全然そうは見えないが、なまえもみょうじ会の娘。幼い頃から武道を習い、それなりに強いし、自らのテリトリーを荒らすヤツは許さないという縄張り精神もしっかり根付いている。それをひらひらのスカートをはためかせてやっていたから、左京にじゃじゃ馬呼ばわりされるのだが。
以前も、みょうじ会の者が「中学生なのにお嬢は高校のトップとタイマン張って勝ったそうで」と誇らしげに話していた。率先して喧嘩をしにいくわけではないが、近所で悪さをするヤツにはお灸を据えるとかで、中学二年生の初めにはなまえの学校近辺では十分有名になっていたらしい。お嬢様校の生徒がそれでいいのやら。
みょうじ会の者がそれを喜ぶのも、なまえがそういうことをするのも、なまえの家や夢のことを考えれば当然のことかもしれない。それでも、莇はそういった話を聞くのがあまり好きではなかった。

「あんま無茶なことすんなよ」
「大丈夫!ちゃんと動くってわかってる時はジャージ着てるよ」

そういうことを言ってんじゃねぇ。
散々周囲に注意をされてきたせいか、なまえは自分が言われているのは、スカートで暴れるのはよくないということだとばかり思っているようだが、そうじゃない。
みょうじ会の人がしないなら、莇くらいは、なまえが怪我をしないかと心配したって、いいではないか。女の子なのだから、という言い方をするならば、それは「莇がなまえに」喧嘩をしてほしくないという意味だ。なまえは昔から莇にとって、特別な女の子だから。
そんなこと、心配しているということすら素直に言えない莇が伝えられるわけないけれど。

「アニキ、これが頼まれてたブツです!」
「はいどーぞ」
「ご苦労」

なまえから箱を受け取り、左京が中身を確認する。

「迫田さん、なまえちゃん、スコーンあるけど食べるか?」
「やったー!いただきます!」

臣が聞くと、なまえも迫田も、大喜びでキッチンへと駆けていった。大分餌付けされている。

「今日も臣さんのスコーンは最高に美味しいです」
「本当になぁ」

しみじみとスコーンを味わう二人に、臣が穏やかに微笑む。そんな二人を見て左京が、「まだやることはあるからな」と釘を刺した。
ひとまずスコーンは堪能させてもらえるらしい。

「莇!これ、半分こしよう!」

莇を呼ぶなまえの笑顔は昔から変わらないようで、やはり大人になるにつれ、少しずつ変わっている。でも、莇のことを信頼していて、自分のお願いが断られるわけがないと理由もなく思い込んでいるところは変わらない。

「しゃーねーな」

結局、なまえに誘われるまま隣に腰を下ろしてしまう莇も、みょうじ会や銀泉会の人々に負けず劣らずなまえに甘いのかもしれない。本人はそんなわけないと思っているようだけれども。

***

「お邪魔しました」と頭を下げるなまえを当然のように莇が玄関のドアを開けて待つ。迫田は一足先に銀泉会へと帰っていた。
迫田に連れてこられた時も大抵一人で帰るなまえを送るのは、誰が何を言わずとも、莇の役割になっていた。
莇に「お待たせ」と言って玄関を出るなまえの口元には、いつも嬉しさが滲んでいる。


自然な、心地良い距離で隣を歩きながら、なまえが今日あった出来事を話すのを莇が聞く。時々莇が溢す笑みをなまえは心底嬉しそうに、大切そうに、受け止めていた。

「えっとね、バイブス?があがった!」
「……」

一成の影響と一瞬でわかる言葉に、莇は溜め息を吐いた。あまりなまえにおかしなことを教えないでほしい。

「それ、学校で使ってもぜってー通じねーからな」
「バイブスってなんだろうねー」

のほほんと笑うなまえを送る、二人だけの帰り道。
口にも態度にも出さないよう努めているものの、莇はそれが結構気に入っている。

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