「やっぱ水着って言えばビキニ?あ!でもこっちも可愛くない!?」
「あの……五条くん……」
「ん?」
「私もうアラサーなんだけど……」






9月半ばとは思えない日差しと温かな陽気に包まれた独特の雰囲気ある通りの端で私と五条くんは顔を見合わせた。キョトン、とした顔で知ってるよ?と首を傾げる彼はサングラスにアロハシャツ、ハーフパンツ……とまさに夏真っ盛りの服装を見に纏っている。既に彼の手にはビニールの袋が3つほど提げられており、中身は紅芋タルト、塩ちんすこう、そして生徒分買った色とりどりの星の砂である。かく言う私も確かにワンピースだけれども……と、背中にたらりと一筋を汗を流しながら、私たちは今、2人で"沖縄"に来ていた。






始まりは突然だった。デスクに置かれた次の勤務予定をぼんやりと眺めていると、私の名前のところに3日ほど赤線が引かれているのに気付いた。……あれ?この既視感は……と恐る恐るパソコンの勤務予定と照らし合わせて確認するとやはりそこには伊地知くんの名前が編集者として記録されている。この展開はもしかして、と思い当たった彼の顔を思い浮かべて慌ててスマホを取り出したけれど、画面をタップする前に一度指を止めて深呼吸した。いやいや、まさか……だってそんな、最近は出来るだけ彼と長く話さないようにしているのに。大丈夫、大丈夫。と、自分を落ち着かせながら数秒の暗示の後に勢いよく液晶に映された緑のボタンを押し込んだ。





「……もしもし。私、もしかして五条くんと沖縄に行くことになってる?」
「お、やっぱ気づいた?明明後日から3日間だからちゃんと準備しといて!あ、向こうはまだ暑いらしいから服装は気を付けてね、それじゃ!」






手短に言った彼の声は電話越しでも分かるくらいに上機嫌だった。ツー、ツーと聞こえる電子音を脳に響かせながら今世紀最大の溜息を吐き出す。念のためもう一度確認したけれど、今回はあの一級呪術師はおろか他に引率してくれる人はいない。完全に五条くんと私の2人で沖縄に向かうことが決定している。……こんな、状態なのに?思わず胸に手を当てたけれど明らかに煩くなっている拍動をダイレクトに感じて最早頭が痛くなってきた。少し前ならここまでは思わなかっただろうけど……自分のことをその、好いてくれている人と2人で沖縄なんてどうすればいいんだろう。そんなことを考えながら一先ず今日の仕事へと手を伸ばした。ああ、先が思いやられる……






「黒?いや、白もアリか……?」
「五条くん、だから私もう28で……せめてワンピース系の物を……」
「何言ってんの捺!?絶対ビキニでしょ……セパレート!お腹!」
「私はそのお腹が気になるの!」






沖縄に着いてすぐ。東京とは違う気候に不思議な感覚を覚えたけれどすれ違う人が皆真夏のような格好をしているのを見て、これが普通なんだと思い知らさられた。五条くんは終始機嫌よく鼻歌でも歌いそうな様子だったが、たまたま横切った水着に上着を羽織ったスタイルの家族連れに目を向けて「捺の水着楽しみだなぁ」とにこやかに言い放った。数回瞬きした私が素直に「え?持ってきてないよ」と伝えたのが運の尽き。物凄く衝撃を受けた顔をした彼にそのまま近くの水着店まで引き摺り込まれた。普通に女性物ばかりの路上に面したお店なのに堂々と入り込んでは飽きることなく私の体に合わせるように確認しながら真剣に吟味する彼はなんというか、すごかった。

もうどうにでもなってくれ、と諦めている私に選ばれる水着は何かと露出が高いビキニタイプばかりで流石にそれは寸前で止めるようにはしている。もう本当にオールインワンとかそういうので構わないんだけど……という私の願いは虚しく却下されていく。一向に動く気配のない彼にせめてもの妥協点としてハイウエストのタンクトップビキニで、と伝えると、パッと明るい顔で分かった!と何度も頷いていた。五条くんって意外と女の子の買い物に付き合えるタイプなんだな……と妙に感心しつつ、最終的に彼が選んだのは黒で統一されたハイウエストビキニで、上はハイネックのタンクトップ型のものだ。ハイネックと言えど、首元とウエスト周りは涼しげで綺麗なレースになっており、おへその上でリボンを結びセクシーな印象も残されている。……なんだか普通に結構可愛くて何も言えなくなってしまったけれど、五条くんがそのままレジに持っていき、カードで購入している背中を見ているとやっぱり可笑しいよね……という気持ちが湧き上がってきた。しかしそれも後の祭り。買ったよ!と大型犬のように楽しそうな彼の後ろで綺麗な店員さんが微笑ましそうに私たちを見ているのが分かって気まずい。あの顔は絶対……






「"カップル"限定ツアー……?」
「そう。今回の任務はその潜入調査ってわけ」





国際通りの有名なジェラートを食べながら私たちはパラソル付きのテーブルに向かい合っていた。そう、私たちの目的はもちろん旅行ではない。今回は沖縄に以前より発見されていた呪いの調査と除霊の任務に訪れている。沖縄といえば日本の中でも北海道に並んで少し変わった空気のある土地で昔から妖怪やイタコなど何かと"そういう"関わりが強い場所でもある。昔授業で聞いたことをぼんやりと思い出しながら彼の話を聞く中で飛び出した"カップル"という単語に思わず反応すれば彼は「だから捺を呼んだの」と笑いながら言ってのける。これも……少し前なら相変わらずの冗談だなぁなんて思えたのに、今では胃が痛くなるばかりで、つい曖昧な対応をしてしまった。そこにある意図を知ってしまっている、というのは中々どうして息苦しいものだった。




「で、そのツアーは沖縄の伝説の一つ"赤綱縁結び"を題材にしたものらしいよ」
「赤綱縁結び……は初めて聞いたかな……有名なの?」
「ううん、少なくとも僕は今回調べて知った」
「五条くんが調べたんだ……」
「ん?伊地知に調べさせたよ」




捺にはサプライズしたかったし。と悪びれず当然の如く伊地知くんの名前を出した彼にほぼ無意識にあぁ、と苦笑をこぼした。伊地知くんごめんね、今度何か奢るから……と心の中で謝る私に特に気付くことなく五条くんはその"赤綱縁結び"について話し始めた。赤綱縁結びというのは言葉の通り男女の縁を結ぶ現代にも伝わっている話でお互いの左足首を赤い綱で結ぶことで生涯の夫婦となれる……そういう話らしい。赤い糸みたいな?と尋ねた私に五条くんは首を横に振ると、起源はそんな可愛いものじゃなかったよと少し淡々とした様子で答えた。





「元々この話は、昔ある若者が寄り添うように生えている木の下で爺さんが座ってるのを見つけて"人は生まれながらに夫婦になる人が決まっていて、その2人がちゃんと巡り会えるように、お互いの左足首を赤い綱で結んでいるんじゃ"みたいな話を聞いたのがきっかけらしいよ」
「……それはやっぱり赤い糸じゃない?」
「ここからがミソ。その若者は勿論自分の先に繋がる女性がいるのか尋ねたんだけど、丁度そこを通った見窄らしくて小汚い女だと言われて怒り心頭!その子のこと背中から斬っちゃったんだって」
「え!?斬ったの?突然?」
「そう、突然」





狂ってるよね〜と言う声にはあまり感情が乗せられていない。面白味も何も感じていない時の彼は昔からよくこんな反応をしていたけれど……確かに私もどう受け止めればいいか分からない。突然斬るなんて……時代背景としてはあり得るのかもしれないけれど、なかなか想像ができない感覚だ。五条くんはバニラジェラートを口に含みながら伝説の続きを話し始める。





「その数年後に若者は山で足を怪我して動けなくなった。途方に暮れる若者を助けたのはその時通り掛かった優しそうなご夫婦!ラッキーだよねぇ。連れられた2人の家にはそれはもう綺麗な娘さんがいて彼は一眼で恋に落ちた」
「恋に……」
「でもその娘は言った"背中に酷い斬り傷があるからそれを見ると失望しますよ"ってね」
「…………まさか、それって……」
「なんと娘は昔若者が斬ったあの見窄らしい女でした〜ってワケ」





あまりの展開について行けない私を尻目に彼は「若者はその責任を取るために娘に全てを愛すると誓い、娘はこんな私でも愛してくれるのかと泣いて2人は幸せに暮らしました。めでたしめでたし」なんて全くもってめでたくない話を締めくくった。これは確かに可愛い話と呼べるものではないなと納得したけれど……それが今ではただの恋結びになるなんて伝承なんて信じられたものではないな、としみじみしてしまった。五条くんもケッ、と面白くなさそうな顔で足を組み、虫がいい話だよね、と腹いせも兼ねてもう一口ジェラートを口の中に押し込んでいた。

今回の任務の概要としてはその伝説に則って組まれた沖縄の山の近くにある小さな旅館が個人で計画しているツアーに潜入すること。ここ数年旅館近くの山には常に呪力が漂っており、毎年この時期になると特に強まっているという報告が高専に入っていた。この時期、というのはまさに旅館がツアーを開催している日と殆ど一致しており、関連性が高いと判断されたようだ。ツアーは2泊3日で2日目の夜にカップルが左足を赤い綱で結ぶ儀式も体験できることがウリらしく、かなりリーズナブルな価格で宿泊やご飯代を含め提供されている。……因みに近くにはプライベートビーチがあるらしく、五条くんは張り切って水着を買っていた、というわけだ。




「一応この伝説の木は沖縄のもっとしっかりしたリゾート施設にあるらしいから所詮模倣……っていうかごっこ遊びに近いみたいだけど」
「それはなんか……割と攻めてるよね」
「むしろ攻めすぎだから怪しいね。同じ県でわざわざそんな競合する?」




肩を竦めた五条くんの言い分は最もだ。訴えられる可能性もあるし、どうせ模倣するのであればもっと背景がマシな題材でも良かった筈なのに何故赤綱縁結びを選んだのだろうか?疑問は尽きないし中々興味深い。昔学生の時にも集落の伝統に関する呪いを祓いに行った事があったけれど地域性やそこに根付く文化は重要な手掛かりになり得る。それも踏まえて今回はただ現場で祓うだけでなく、近隣の唯一の建物であり企画者の旅館に乗り込む必要がある、そういう理屈らしい。




「だから今回僕は捺を選んだの。信用できる相手だし、可愛いし?」
「それは……信じてもらえる限り、私もサポート頑張るけど」




彼の言葉にほんの少し動揺しつつ協力的だと示したけれど、五条くんは一度パチクリと瞬きをしてから「……信じ抜くよ」と分かりやすく端的に答える。……彼女役にあたる女性に私を選んでいる事実は取り敢えず隣に置いておくとしても、彼に信用されるのはやっぱり嬉しいもので、しっかりと強く頷いて見せた。そんな私を、じ、と見つめた彼はすぐにコロリ、と満面の笑みに表情を変えると自身のスプーンいっぱいにジェラートを掬い取って私の目の前に差し出す。




「これは?」
「分かるでしょ?ほら、あーん……」
「えっ、カップルってここからなの!?まだ旅館にも行ってないのに……」
「分かんないよ?今からマークされてるかもしれない。そうでなくても今日から違和感ないカップルを演じないといけないんだし、これくらい慣れないとね」




彼の正論に言い返す言葉が見つからず、うぐぐと唸り、スプーンの上で沖縄の気温に少しずつ溶かされていくバニラアイスを見つめる。アイスの向こう側にある五条くんの顔はニコニコと口角が上がっていてとても楽しそうだ。そっと息を吐き出して恥を忍ぶことを決意してから一思いに口を開けると機嫌良さそうな掛け声と共に、冷たくて甘いミルク味がいっぱいに広がった。お味は?と首を傾げた彼に「……おいしいよ」と素直に答えれば満足そうな笑みを浮かべ、今度は五条くんがあーん、なんて言いながら口を開けて私にアピールしてきた。白い歯の奥に覗く真っ赤な舌に少し緊張しつつも恐る恐るスプーンを運んでやれば、ぱくり、と効果音がつきそうな動作で唇を閉じ、今日の空みたいに青い目を細めた。





「うん、美味しい。捺のマンゴーだっけ?」
「そ、そう……マンゴーだけど……」
「……照れた?」
「なッ……!?」





にやにや。サングラスをグイッと引き上げて嫌らしく笑う彼はきっと今の私の動揺に気付いている。ホント可愛いね、と惜しみなく"可愛い"を使う五条くんが私の反応で楽しんでいることは明白で、ぽい、と空になった容器をゴミ箱に二つ分投げ入れてから、じゃあ行こっか、なんて、いつもの無理矢理繋ぐようなそれではなく、手を差し出して私を誘うのにどうしようもなく緊張した。彼と手を繋いだことなんて何度もあるのに、自分から握るとなると中々動かなくなってしまう。……それでも五条くんは待っていた。私が自らその手を取るのを静かに、急かすわけでもなく、真っ直ぐに。






「……うん」
「よし、いい子だ」






そっと、ほんの少し指先に触れる程度の返事を、彼は力一杯受け止める。大きな手に包まれて一歩先を行く背中をぼんやりと眺める。なんだか浮かれ気分のアロハシャツですら頼れる気がするのは気のせいだろうか。そんな想いを抱えつつ、私達の2泊3日の沖縄での任務が堂々と幕を開けた。






突然琉球旅行?



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