「じゃあ虎杖がっつり高専で匿うつもり?」







3人で並んで歩きながら硝子が尋ねる。五条くんはゆっくりと首を振って否定すると次の京都との交流会までには虎杖くんを復学させると言った。交流会は高専でいう運動会のようなもので日本に2校ある呪術高専が集い、互いを高め合うための伝統的な行事だ。……というのは建前で、私が学生だった時から変わらず2校は啀み合っており、学生同士割と本気でバトルに臨むやりたい放題の戦闘訓練……そんなイメージが強い。京都で開催される年は補助監督になってからも何度か覗き見ていたけれど、去年はボロボロに負けたってみんな怒ってたっけ。その雪辱を果たすために今年はもっと気合入れてきそうだなぁ、とか考えながら2人の会話を耳に入れる。何故?と不可解そうに五条くんを見上げた硝子に彼はふ、と口元を緩めた。夏の日射しに照らされた美しい白髪がキラキラとダイアモンドダストみたいに輝いて、彼は言う。






「若人から青春を取り上げるなんて許されていないんだよ、何人たりともね」





五条くんの口から出た"青春"という言葉にひっそりと息を呑み込んだ。私たちも彼等のようにここで4年間を過ごした。青春と呼ぶには血生臭い日々だった。それでも、曲がりなりにも、苦しみながらも、確かに私たちもきっと、青春していたんだと思う。今でも目蓋を閉じればあの教室に4人で座っていた光景が鮮明に浮かんでくる。学生時代を懐かしい、と感じる日が来るなんて、あの頃は思ってもみなかった。




「……そうだね」




そっと肯定した私に硝子もゆっくりと頷いた。高専の門を抜け、広がった空には大きな入道雲が描かれており夏の訪れを感じさせる。くるり、と振り返った五条くんは「なら2人とも共犯ね」と楽しげに喉を鳴らした。彼の真後ろに綺麗に広がった青は今は見えていない瞳のように綺麗で、悪戯っ子みたいに持ち上がった口角に硝子と顔を見合わせる。……これは嵌められた。きっと五条くんは虎杖くんを訓練する時間を確保するためにも協力者が欲しかったんだろう。治療が出来る硝子はもちろん、私や伊地知くんのように直接の指導に関わるのではなく、バックアップ面に強い誰かも呪術師として活動していく上で不可欠となる。それに五条くんはこの呪術界の最後の砦と言っても過言ではない人間だ。階級が高い呪霊との戦闘には彼のような絶対的な強さが求められることは多々あり、いつでも生徒たちの側にいることは中々現実難しくもあった。……だから、こそ、"共犯"が必要だったのだろう。仕方ないなぁ、と肩を竦めた硝子と私にできることならと笑い返した私に満足そうに五条くんは頷いた。











そうして五条くんの共犯になって少し。彼は自分の任務を出来るだけ減らして虎杖くんの訓練に付いていた。呪術と無縁の世界に生きていた彼が知らないことは多く、五条くんはそれを1から教え、呪力の扱いを学ばせている。彼はここ最近の生活を地下で送っていて、私はそんな虎杖くんに補助監督としての仕事が終わった後、日々の食料を渡しに行っている。彼はこんな扱いでも明るかった。むしろこちらが元気付けられてしまう程の笑顔で私を迎えてくれるので、釣られて笑ってしまうことが多いのだ。今は五条くんの特訓の一環で映画を1日に何本も見ているみたいで、ジャンルごとのオススメを快く教えてくれた。……少し複雑なのは、彼に会う前に一年生2人の任務の送迎にあたると、当然、野薔薇ちゃんと伏黒くんは虎杖くんが生きていることを知らない為、車内の空気が重く苦しい。出来るだけ話しかけて解せるように配慮はしているけれど、やっぱり柔らかくするまでには至らない。最近はやっと少しずつ2人での会話も増えてきてはいるけれど、同級生の死は彼らに大きな傷を残していた。勿論、任務への姿勢が以前に増して引き締まっている……という良い点もあるけれど、どちらの事情も知っている私としては魚の骨が引っかかっているかのような歯痒さが拭えなかった。






「あ、捺さん!ちっす!」
「捺!!」
「……五条くん?」





スーパーの袋を両手に提げながら階段を降りて虎杖くんの居る部屋に訪れると、今日はいつも入り口まで迎えに来て袋を持ってくれる彼はおらず、既にテーブルに腰掛けているのが見えた。……五条くんと2人で。部屋の中にはジュージューと油の音と肉の焼けるいい匂いが充満し、プレートの上に脂の乗った見るからに高そうなタンやハラミが並べられている。思わずパチパチと瞬きする私はぶんぶん手を高く挙げて振ってくる五条くんに「何してるの?」と問いかけると焼肉、と語尾にハートマークを付けながら笑った。それに続けるように虎杖くんは、俺が食べたいって言ったら買ってきてくれて!と目を輝かせながら私に教えてくれた。その年相応の喜びに良かったね、と伝えながら私も買ってきた食材やパンを慣れた手つきで冷蔵庫の中にしまっていく。

五条くんの気持ちはよくわかる。彼がこの一部屋で毎日1人でご飯を食べているのかと思うと、見ているこちらの方が寂しい気持ちになってきてしまうのだ。何度私も一緒に食べられないものかと考えたけれど、同性ならともかく、この年頃の男の子が異性の大人とご飯を食べたいものなのかと思う程、中々行動に移せずにいた。……良かった、と純粋に暖かな気持ちを抱えつつ2人で肉を焼いている姿を眺める私に気付いた五条くんは「捺、」と自分の方へ手招きした。





「お仕事お疲れサマ。晩ご飯は?」
「今から適当に買って帰ろうかなって」
「あ、じゃあ捺さんも食べようよ!!五条先生の方まだ座れるから!」
「……ほら、可愛い生徒の誘いだけど?」
「……その言い方はずるいなぁ……いいの?虎杖くん」





勿論!と嬉しそうに頷いてくれた彼にじゃあ、とお言葉に甘えることにした。空いている五条くんの隣に腰掛ける間にもせっせと使っていなかった皿にお肉を盛ってくれる虎杖くんはなんだか可愛らしい。でも彼基準だからなのかどんどんと増えていく肉の数に、お腹は空いているけどこんなに良い肉、喉に入っていくだろうか……と若干の不安を覚え始めた。流石若さだなぁ、としみじみしたけれど隣を見ると五条くんが彼に負けないくらいの肉の山を作っていて思わず戦慄する。私と同い年のはずのなのに、とショックを受けつつそれが口の中に吸い込まれていくのを茫然と眺めた。













「……捺さん本当に大丈夫?」
「うん、大丈夫。ごめんね五条くんが……」






俺は良いけど……と私の肩のあたりに目を向けて酷く心配そうな顔をする虎杖くんに苦笑する。正直かなり重いけれど、一応、どうにかなりそうでは、ある。ぐったりと大きな体を私に預けるようにして「捺〜……」とぐりぐり擦り寄ってくる五条くんは明らかに酔っ払っていた。よく食べるなぁと思ってはいたけれどまさかお酒も飲んでいたなんて……全然気付かなかった。未成年の虎杖くんの前で1人飲む気だったのなら今度叱らないと、なんて考えつつ改めて彼の体を軽く支え直す。歩けないほど、って訳じゃないみたいだけど一人でこのまま放り出すのは流石に心配だったので責任を持って私が彼の家まで送り届けることにした。最初虎杖くんは、俺が支える、と気を遣ってくれたけれど彼の存在は極秘だ。丁寧に断ったが明らかに大丈夫かそれ?みたいな顔で見られているのを見る限り信用はないらしい。






「あー……捺……すき……」
「ハイハイ。虎杖くんありがとう、一緒に食べれて嬉しかったよ」
「う、うん、俺も楽しかったけど……気を付けて帰ってよ、捺さん」
「うん、分かった。ほら、五条くん帰るよ〜」
「ん〜……またね、悠仁……」






私の肩口から顔も上げずに挨拶した五条くんに階段だよ、と声を掛けながらゆっくりと一段一段気を付けながら上っていく。ふらふらと頭を揺らしてはいるけれど、五条くんの足は一応きちんと踏みしめながら動かされていた。大丈夫そうかな?と見守りながらなんとか一番上にまで上り切り、鍵の掛かったドアを開けて外に出る。高専用の車を借りて行こうかと思ったけれど戻しに行くのも大変だろうと考え直し、タクシーを呼び出すことにした。こんな山にまで来てもらうのは気が引けるけれど、背に腹は変えられない。人の心配をするよりまず彼を送り届けられるかどうかが先決だ。「五条くん、住所分かる?」とそっと問いかけると彼はゆっくりとした動作で首を縦に振り、それからまた縋り付くみたいに私に絡まってくる。体はダメそうだけど頭は結構ハッキリしてるのかな?


それにしても、とちらりと彼の顔を見る。まさか五条くんがこんなに下戸なんて思いもしなかった。何でも……それこそお酒も、顔色ひとつ変えずに飲みそうなのに、案外そんなことはなかったらしい。あまり飲んでいた印象もなかったし、飲みすぎたというよりは元々弱いのだろうか。体重を掛けながら大きな体を動物みたいに擦り付けてくる彼は何だか少し可愛らしい気がする。もうちょっと待ってね、と耳があるであろう辺りに向けて伝えると、こくり、とまた彼は小さく頷いた。












「うん、分かった。ほら、五条くん帰るよ〜」
「ん〜……またね、悠仁……」






ペコリと俺に頭を下げてから慎重に階段を上っていく二人を出来る限り見守った。五条先生のデカイ体を捺さんが一人で支えるのは正直物凄く心配だったけど、意外と彼女は先生を支えながら上手く歩けていた。捺さんって案外力持ちなのかな?と思ったけれど、そもそも五条先生の足取りが酔っている割にはしっかりしていることも理由の一つだろう。なんていうか……こう、もたれてるけど、もたれてない、みたいな?上手く表現できないけど、捺さんに掛ける体重をちゃんと制御しているような気がする。確信は無いけど、重心とか見る限り、なんとなく。


飯を食べてる間も五条先生はよく捺さんの方を見ていた。めちゃくちゃ美味い肉を嬉しそうに頬張る所とか、でもだんだん苦しそうにしているとことか、捺さんは結構分かりやすくて面白い。そして先生はそんな彼女よりももっと分かりやすい柔らかな視線で見つめていた。視線、と言っても先生はアイマスクをしていて眼自体は見えないんだけど、口とか雰囲気とか、そういうの全部から穏やかな想いが伝わってくるみたいだった。多分、先生も隠す気がないんだと思う。俺なんかに見られてもどうでもいいって思ってるのかな、まあ実際俺もそれ見てどうするって訳じゃないんだけど。

だって、あんなに強い先生の好きな人なんだ。態々それに挑もうなんて気になる奴なんて滅多に居ないだろうなぁ。今日見た"領域展開"を思い出しながら残っていた洗い物をしようと簡易的なキッチンのほうに足を向けたけれど、いつの間にか朝使った食器まですっかり綺麗に片付けられていてすぐに捺さんの顔が頭を過った。捺さんのことだ、多分全部ついでに洗ってくれたんだろうな。今度またお礼言わないと、と考えながらふ、と見たゴミ袋に入っているのは俺と捺さんの飲んだジュースの缶と五条先生の飲んでいたワイン……






「あれ、ぶどうジュース?」





めちゃくちゃおしゃれな銘柄の貼られた瓶の隅にはアルコール0と書かれている。首を傾げつつ二人がいなくなった部屋を見渡したけれど残っているゴミはなさそうだし……俺が飲めないから気を遣って持って帰ってくれたのかな?めちゃくちゃ気を遣わせちゃってるなぁ……と頭をかきながら今度捺さんが差し入れに来たら軽く食べれるものでもご馳走しようと決めて、ぎゅっと袋の端を結んだ。







囲んだ食卓



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