隠している訳ではないんです




それは、まだ呪術師として知らない事が多く存在する彼の純粋な質問に答えていた最中の事だ。不意に鳴り始めた飾り気ないデフォルトの着信音にゆっくりと自分のジャケットの内ポケットに目を向ける。それを見て私と同じようにズボンのポケットを軽く叩くようにして確認した虎杖くんはすぐに「ナナミンのじゃない?」と首を傾げた。相変わらず学生同士の渾名のようなその呼び方を変えるつもりはないのか、と思いつつも彼くらいの年頃の子供が目上の人にすら不名誉なあだ名を付けることは十分に承知している為、もう今更強く言う気にもなれない。というか、正直物凄くどうでもいい。ナナミンなんて呼ぶような人間は虎杖くんの他に居る筈もなく、分かりやすいと言えばまぁ……多少は、物凄く微量な違いではあるが、分かりやすいのかもしれない。きっと。




「すみません、少し失礼します」




そうして一言断りを入れると、あ、うん。と少し気を遣うように言葉尻が小さくなった虎杖くんの声を聞きながらスマートフォンに表示された"捺さん"という文字列を確認し、緑色のマークを少し性急にタップする。仕事中に彼女が電話を掛けてくることはそう多くはない。何かあったのだろうか、と様々な考えを循環させ、もしもし、と決まり文句を口にする。そんな私に同じ言葉を返した彼女の声には特に特別な焦りは感じられない。……恐らく緊急の連絡では無いのだろう。軽く喉に溜まっていた息を吐き出すと「どうしたの?」と不思議そうに問いかけられたが、いいえ、なんでもありません。と取るに足らない出来事だと主張するとそれ以上彼女が追及することは無かった。



「今の任務はどう?大変そうかな、」
「少々……手を焼きそうではあります。何故そんな事を?」
「次の任務私と建人くんでどうか、って言われてるんだけど……そっちが難しそうなら私1人でもいいかなって思って」
「成る程、では私も行くと伝えておいて下さい」



ええ?と少し笑い混じりに聞き返した彼女だったが此方としては当然の事だった。予定外が起こり得ることなんてザラに存在する呪術師の任務において人手が多いことに越した事はない。基本的に人員が不足し続けている呪術界では1人で任務に向かわされる事は多々あるが、今回は態々2人でもいい、と言われているのだ。行かない理由は、無い。

再度念押しするように「私も行きます、待っていて下さい」と言えば彼女はハイハイ、と何処か楽しそうに頷く。建人くんは心配性だなぁと続けられた言葉に貴女の事なら心配にもなりますよ、と素直な気持ちを告げれば捺さんは少しだけ黙ってから、建人くんはそういうところ変わらないよねと困ったような気恥ずかしそうな声で言った。それが否定的な意味を含んでいない事は明白だったので、そうですかね、と惚けて見せると、そういうところだよ!と不満そうな声が挙がった。個人的には彼女も昔から変わらず愛らしいと思うけれど、どうやらその自覚は無いらしい。もう少し分かって欲しい物だ、と慌てる彼女に対して追撃してやろうかとも思ったがその気配を察知したのか捺さんはもう切るからね!と電話を切り上げようとする。勿体無いことをしたな、と思いながらも終わったら連絡します、と言った私に彼女は「……ちゃんと帰ってきてね」と最後に一つマジナイを掛ける。それに何かを返すより先にツー、ツー、と聞こえ始めた電子音に小さく息を吐いた。きっと彼女も、私と同じような気持ちなのだろう。それに報いる為にも今日も定時には上がりたいところだ。否、上がる。絶対に。こうして心からの決意を固めたが、ふと隣に目を向けると、電話を邪魔しない為に居心地悪そうに立ち竦んでいた少年の姿が視界に入り、悪いことをしてしまったな、と反省した。軽く咳払いをしてから声色を整え、ジャケットを軽く引き姿勢を整える。ここは大人らしく、スマートに対応しなければ。




「すみません、虎杖くん。思ったより長引いてしまいましたね」
「あ、いや、それはいいんだけど……その……ナナミンって、捺さんのこと、好きなの?」




ぽつり、と私の様子を窺うように彼から溢された言葉に思わず瞬きをする。虎杖くんはなんとも言えない笑みを浮かべてこれ聞いちゃダメなやつ?と続けたが、別にそういう訳ではない。改めて他人に対してこんな事を口にするのはどうも照れ臭いが、嘘を付く理由も無いので「好きですよ」と素直に答えると見る見るうちに虎杖くんの顔色が青く変色していく。つい眉を顰めて何か?と聞き返すと虎杖くんは妙に落ち着きなさそうに視線を右往左往させてから深々と息を吐き出す。な、ナナミン……と深刻そうな声色を聞く限り、どうやら重要な事らしい。捺さんにまさか何かあったのか?それとも彼女が怪我を隠しているとか?……その可能性は大いにある。学生時代はよく無茶をしていたし、大したことない怪我は申告すらしないような意固地なところもある。虎杖くんが彼女について何か知っているなら聞いておくべきだろう。





「如何なさったんですか、彼女の身に何か?」
「……ご、ごめんナナミン……俺、前捺さんの左手に指輪付いてるの見ちゃって……!!だから多分、その、捺さんはもう結婚もして……!」
「ええ、結婚してますよ、私と」
「え?」
「はい?」





ポカン、と口を開けた虎杖くんは信じられないものを見るような顔で私を見た。……もしかして、彼は彼女と私が婚約関係にある事を知らなかったのだろうか?え、ええぇええ!?!?と辺りに響いた声にもう少しトーンを落として驚いてください、と注意したが今の彼には届いていない様子だった。大袈裟に体を一歩後ろに引いて目を白黒させた彼は「ナナミン結婚してたの!?」と指を指してきた。いや、そこですか。私と彼女が夫婦に当たる事よりも気になるのは。虎杖くんには私が何歳に見えるのだろうか?尋ねようかとも思ったが、少し恐ろしく感じてその疑問は心に留めておくことにする。




「苗字違うじゃん!!」
「仕事の都合上彼女は前の姓を名乗る事が多いんですよ、それに合わせて私もそうしています」
「ナナミン指輪無いじゃん!!」
「呪霊の血で汚してしまうのは嫌なので。彼女も任務中は外していますよ」
「で、出会いは!?」
「元高専の同級生です。当時から付き合っていました」
「お、お幸せに!!!!」
「ありがとうございます、気は済みましたか?」




こくこくと何度も頷いた彼にじゃあ立ち止まらず歩きましょうか、と促すと慌てて虎杖くんは私に続く。だからあんなに優しい声だったんだ……顔も柔らかいし……だとか、彼がブツブツと呟いている言葉を聞いて頬に手を当てる。そんなに分かりやすく私は口角が緩んでいるのだろうか?それはどうも、いや、かなり困る。会社勤めの時はそれだけで散々弄られ、妙に絡まれ、本当に面倒臭かった。この仕事は特別他人と関わる事は少ないのであまり気にされる事はないが……五条さん辺りに見つかれば何をされるか分かったものではない。もう少し気を引き締めなければ……と考えている最中にピコン、と聞こえた通知音にスマートフォンの電源ボタンを押すと「忘れてた!今日のご飯はピザです!」と彼女からの私信が届いていた。それを隣から覗き込んだ虎杖くんはいいなぁ、と呟いてから私を見上げて一度瞬きすると「あ、また緩んでる」とかなんとか抜かしたので「一々確認しないで下さい」と軽く額を小突いた。









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