真綿で首を絞めるように


一瞬、自分が置かれている状況が理解できなかった。
はっと頭を起こして周りを確認する。私は体育倉庫の中にいた。ぼけていた頭の中が徐々に冴えてきて、自分に起きた出来事を思い出した。そうだ、閉じ込められたんだ。

待って、私もしかして寝てた?

小窓を見れば外は仄暗くなっていた。嘘、まじか、やばい。昨日の夜、実力テストの勉強のために夜更かししたのがよくなかったのか。膝を抱えた姿勢のまま居眠りをしてしまったようだ。これはまずい。

私は慌てて扉に耳をつける。とにかく人、誰か人が来てくれないと困る。窓を割るしか方法がなくなる。携帯がないから今何時かはわからない。部活が終わる時間なのかもう終わってしまった時間なのかもわからない。誰か、誰か来てくれますように。

その時、足音が聞こえた。救いの音だった。音は微かだけどこっちに近づいてくるのがわかる。チャンスだった。このチャンスを逃すわけにはいかないと思った。
私はガンガンと扉を叩く。扉は錆びていてすぐに手が痛くなった。なので手で叩くのは諦めて蹴ることにした。何回か蹴って、外の足音を確認する。足音は聞こえなかった。立ち止まって倉庫を見てくれているのかもう去ってしまったのかはわからない。前者の可能性を捨てきれず、私は再度扉を蹴り飛ばした。

蹴っているうちに段々と苛々してきた。なんで私はこんな必死に扉を蹴っているんだろう。なんでこんな目にあっているんだろう。今日は本当は、早く家に帰ってゆっくりする予定だったのに。埃っぽい倉庫に閉じ込められて。変な姿勢で仮眠したせいで首も腰も痛いし。最悪だ。散々だ。自分の中で怒りがふつふつと湧いてくるのを感じだ。腹が立つ。
ふざけんな、という気持ちで扉を蹴った。がつ、という鈍い音がして、扉がへこんだ。え? へこんだ?

私は驚いて蹴るのをやめた。………え? これ、金属の扉だよね。へこむとかある?

呆然と扉を眺めていると外から音が聞こえた。随分と近い場所から聞こえる。しばらくして、ギィと耳障りな鈍い金属音がして、扉が少しずつ開いていった。

「………」

「………」

「………なにをしているのだよ」

目の前にいたのは緑間だった。バスケ部が見つけてくれるかも、とは思ったけどまさか緑間が来るなんて誰が想像できただろうか。

緑間はいつもの仏頂面で立っていた。怪しげな目で私を見ている。

「あー…えーっと…」

「……」

「部活…ってか今日は自主練か。自主練は終わったの?」

苦し紛れに出てきたのはそんな言葉だった。

「…とっくに終わったのだよ」

「もうそんな時間か…」

緑間の横をすり抜けて倉庫の外へ出る。外は暗かった。鞄を探せば私が置いた状態のままで置かれていた。ここ、誰も通らなかったんだな。鞄を開けて携帯を開けば、普段部活が終わる時間から一時間ほど経っていた。

「緑間は随分遅い時間まで残ってるんだね」

「シュート練をしたくてな、特別に残らせてもらっていた」

それよりもだ、と緑間は私の目をじっと見つめて口を開いた。

「俺の質問に答えろ。お前はここで何をしていた」

う、と言葉に詰まる。まさか閉じ込められてたなんて言えなかった。緑間から赤司の耳に入りそうだし。

「……きゅ、休憩してて」

我ながら嘘くさい言い訳が出た。こんな隅にある倉庫で休憩、無理がある。鍵も閉められていたし。
緑間は怪訝な顔をして首をかしげる。

「休憩?」

「実力テストで疲れたから仮眠しててさ…」

緑間は眉間に皺を寄せた。騙されるわけないよな、そう思ったその時。

「そうなのか……」

緑間は馬鹿だった。

えぇ……自分で言っといてなんだけどこんな嘘を信じることある?
緑間はこんなとこで寝るなんて趣味が悪いのだよ、と呆れたような声で言ってきた。大丈夫か、緑間。さっき鍵を開けてくれたのをもう忘れたのか。どこのどいつが自分で外から鍵を閉めて休憩するんだ。今後生きてて詐欺に合いそうだな。大丈夫か。

とはいえこんな嘘を信じてくれるなら好都合だ。緑間が単純でよかった、そう思い帰ろうと思った。

「これは…」

「あっ」

緑間が指さした先には扉があった。私が蹴り飛ばしたせいで見事にへこんでいる。中から見るとわからなかったが、外から見るとかんぬきの部分が歪んでいた。おそらく蹴った勢いで少し曲がったのだろう。

「…この扉古いし、元々歪んでたんじゃない?」

「金属だからそうそうへこみはしないだろう」

「う、」

ど正論が返ってきた。緑間は険しい表情で扉やかんぬきを触って確認し始める。おい触るな、やめろ、気にするな。やめてくれ。

「お前がやったのか?」

「まさか…」

「俺が開けるまで扉を叩いていただろう」

正しくは叩いてたんじゃなくて蹴っていたんだけど。真剣な目で見られて何も言い返さない。そんなに気にしなくて良いだろ。古い扉だから歪んでたで良いだろ。丸く収まるだろ。なんで倉庫で休憩する嘘には騙されるのにこれには騙されないんだよ。

「緑間」

私は緑間の腕を掴んだ。

「もう暗いし早く帰ろう」

「だが…」

「早く帰らないと明日以降の部活に響くよ」

ほら、といい無理矢理腕を引っ張る。なんとかして扉から手を離させたかった。緑間は渋々といった様子で扉から離れる。緑間が単純でよかった。


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