純粋無垢なままでいて


少し嫌な気持ちを抱えながらもプールに着いた。他のクラスの生徒が何人かいる。私は紫原とわかれて更衣室に入った。プール掃除は汚れるから体操服を持ってくるようにと言われていた。

はやく終わると良いなあと思いながら更衣室で体操服に着替える。知っている女子は居なさそうだ。少し心細い。

「ちゃんと磨くんだぞ〜」

更衣室を出るとプールがある。水が全部抜かれたプールは見慣れなかった。体育の先生がいて、更衣室から出た人に大きなデッキブラシを渡している。これを使ってプールの底を磨けということだろう。私はブラシを一本受け取って、梯子を使ってプールの底に降りた。上から見るよりも広く感じる。

プールの底はぬるぬるしていた。スニーカーを履いてきたけどふとした拍子に転びそうだ。滑らないようにしないとなと思った。

デッキブラシで底を磨く。周りを見ると談笑しながら磨いたりふざけていたりしていた。そして体育の先生に注意されていた。でも全体的に雰囲気は緩い。まあ結構な人数いるもんな。真剣に掃除しなくてもよさそうだ。

それにしても知り合いが誰もいない。どうやらバスケ部は私と紫原だけのようだ。私は紫原の側に行くことにした。紫原はデッキブラシを片手で握って突っ立っていた。

「掃除しないの?」

「だるいからしない」

「そう…」

揺るがない。紫原はやる気が本当にないらしく一歩も動こうとしなかった。こいつはそういう奴だよなと思った。

ふと、視線を感じた。振り向くとちょっと派手そうな女子たちと目があった。私を見て何か話している。知り合いかな、と思ったけど知らない人たちだった。

「ねえ、」

話しかけられて驚いた。彼女はある女子の名前を出して、あの子来てないの?と聞いてきた。誰のことだ?と不思議に思ったけどすぐにピンと来た。さっき、私と代わろうかと言ってくれた子だ。

「プール掃除、代わりに来るって聞いたんだけど」

目の前の女子が紫原の方をチラッと見た。なるほど、彼女たちはあの子と紫原が一緒に来ると思っていたんだろう。さっき断ったのがこんなところでも影響してくるとは。紫原を振り切ってでも交代してもらうべきだったな。

「あー、色々あって代わらなくて」

「へー…」

納得していないような口ぶりで、じろ、と私の頭から足まで全身を見てきた。うーん、初対面でこんなことを思うのは申し訳ないけど、少し嫌な感じだ。

「名字さんだっけ? 赤司くんとも仲良いんだよね」

「まあ…マネージャーだから」

うらやましー、と彼女たちは軽く笑う。皮肉めいた笑みだ。私もマネージャーやろうかなー、なんて言うもんだから。少しだけイラッとした。やりたいならやれば良いだろ。

久しぶりにこういう悪意を向けられて心がモヤモヤする。駄目だ、良くない。冷静に考えよう。嫌味な言い方をされているけど直接なにかをされたわけじゃない。相手にする必要はない。落ち着こう。

「おいそこ、喋ってないでちゃんとやれ」

「はぁい」

体育の先生から注意されて彼女たちは呑気に返した。助かった、と思い私はさりげなくその場を離れる。このまま話していても良いことなんてないし避けるに限る。



「みんな出てこい、今から水撒くから」

しばらくして、体育の先生がホースを持ってそう言った。磨くのはもう終わりらしい。

プールから出るためにみんなが梯子の方へとぞろぞろ歩き始める。私も流れに乗って歩く。ここから出て早く部活に合流しないと。

「う、わっ!!!」

何が起きたか一瞬わからなかった。視界がぐるっと上を向いて、体に衝撃が走る。自分が転んだのだと気づいたのはお尻を床に打ちつけた後だった。痛い。

「あ、ごめーん」

一瞬、滑って転んだのかと思った。でも違う。私は何かに引っかかって転んだ。痛むお尻をさすって顔を上げると、さっきの女子たちがいた。私の足元には、デッキブラシ。私はこれにつまづいたのか。

「めっちゃ派手な音したねー」

「だいじょーぶ?」

あはは、と彼女たちは笑う。……そういうことか。

床がぬるぬるしているのもあってかなり派手に転んだ。なので今、私は周りの注目を集めていた。みんなが私のことを見ていてかっと顔に熱が集まる。恥ずかしくて仕方がない。なんでもないふりをして立ち上がりたいけど、お尻が痛くてうまく立てなかった。

「どんくさ〜」

目の前に手が差し出される。見上げると、紫原がいた。紫原はちょっと笑っていた。おい、笑うな。

それにしても、この手はどういうことだろう? 理解できずに紫原の手を眺めていたら、立てないんでしょ? と紫原は言った。…驚いた。まさか手を貸そうとしてくれているのか。なにその優しさ。急にどうしたの。

「いや、大丈夫だから」

痛みで痺れるお尻に鞭打って。私は一人で立ち上がった。紫原の気持ちはありがたい。ありがたいけど、この手をとると余計にめんどくさいことになるのがわかる。ただでさえ注目を浴びている中で更に目立つようなことはしたくない。私はデッキブラシを杖のようにして立った。お尻がとにかく痛い。あざができてそうだ。

「なんかおばあちゃんみたい」

「…うるさいな」

「おもしろ〜」

私が手を無視したことはたいして気にならなかったみたいだ。紫原は相変わらずちょっと笑ってそう言った。人が転んだ姿で笑うな。

私を転ばせた女子たちは、ヒソヒソと話していた。私たちを見る目は冷たい。なんだその目線は。このデッキブラシでぶん殴ってやろうか。



プール掃除が終わり、更衣室で着替えて部活に向かう用意をする。転んだせいで体操服のお尻は見事に汚れていた。洗って落ちるかなこの汚れ…。

更衣室を出ると、なんと紫原がいた。

「遅いんだけど〜」

「え、」

びっっっくりした。まさか待っているなんて思わなかった。さっきの手を差し伸べてきたことといい、紫原って私にこんなことをしてくる奴だったっけ…?
待たされて不機嫌そうな紫原に、ごめんごめんと言った。そして一緒に部活に向かう。内心、あの女子たちに見られてるんだろうなと思った。

「紫原、さっきはごめんね」

「なにが?」

「手貸そうとしてくれたのに、無視した」

さっきのことを思い出して申し訳ない気持ちになったので素直に謝る。周りの目があったとはいえ、紫原の優しさを無碍にしてしまった。
別に良いし、と紫原は言った。特に気にしていなさそうだ。

「なんで私に手貸してくれたの?」

「ん〜」

私と紫原は部活の選手とマネージャーというだけで、特に仲が良いわけではない。紫原の性格的に、あの場面で私に手を差し出すなんて普段は絶対にしない。なんであんなことをしたんだろう、気まぐれ?

「転んだままほっといたら、赤ちんが怒るかなって思った」

赤司が理由なんかい。


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