ぼくばかりが泣いている


「じゃあ紫原くんと名字さん、よろしくね」

めんどくさ…と紫原が言う声が聞こえた。同感だ。

帝光中では毎年夏が終わる頃に、各クラスから二人ずつ出して学校全体でプール掃除が行われる。ちょうど一週間後に行われるらしく、今日のホームルームでその二人を決めることになった。ただ、やりたい人なんているわけもなく。担任がくじ引きを作って引いた結果、なんと私と紫原が選ばれた。どんな運してんだ。

「まじだるいんだけど〜、俺休んでいい?」

「駄目」

くじ引きが終わり今からは文化祭の準備の時間だ。各担当ごとに集まって、と担任が言うのにあわせてみんな席を立つ。私は調理担当だ。
調理担当の場所に行けば紫原が私のところに来て、開口一番にこの言葉だ。気持ちはわかるけど休まないで欲しい。帝光中のプールは結構広い。各クラス二人ずついるとはいえ、時間もかかりそうだし汚れるだろうしめんどくさそうだ。

「…あんたとなら、赤ちん呼んだら代わりにやってくんないかな」

「他のクラスに代わってもらおうとしないでよ」

赤司なら本当に代わりそうだからやめてくれ。



文化祭の準備で教室は騒がしい。調理担当はメニューの試作をすることになった。調理といっても簡単なものが多く、ジュースやコーヒー、紅茶などの飲み物とデザートがいくつかある。買い出し担当になった子が材料を買ってきたので、何個か試しに作っていた。

「うまそ…」

隣にいる紫原の目が輝いている。プールの話の流れで何故か紫原は私の隣にいた。目の前に並ぶ甘いものたちを食べたそうに眺めている。そんな紫原を見てると、紫原越しに女子と目があった。同じ調理担当の子だ。

「…紫原くん、これ食べる?」

「いいの?」

「うん!」

彼女が試作品を渡すと、やった〜と紫原は喜んだ。彼女は照れながらも嬉しそうだ。その様子を見て私はなんとなく察する。…もしかして紫原もモテるのか。私はこの間の赤司の告白を思い出した。バスケ部ってみんなモテるんだな。

そんなことを考えながら、お菓子を頬張って幸せそうな紫原を眺める。美味しそうに食べてるなぁ…。

「…?」

気がつくと紫原に試作品を渡した女子に睨まれていた。…なんだ?



「名字さん、今日のプール掃除私が行くよ」

翌週の放課後。今日はプール掃除の日。部活に行く前に掃除なんてしんどいな、と思いつつ荷物をまとめていたら声をかけられた。顔を上げると目の前にはクラスの女子がいた。同じ調理担当の子だ。

「いいの?」

「うん」

にこっと彼女は笑う。可愛いなと思った。なんでこんなめんどくさいことを代わってくれるんだ?と思ったけどすぐに気づいた。ああそうだ、この子は紫原のことがおそらく好きなんだった。好きな人と一緒ならめんどくさいことでもしてみたいとか思うんだろうか。私にはよくわからないけど、きっとそうなんだろう。

「え〜ずるいんだけど」

ぬっと机に影が降りた。見上げると紫原がいた。不機嫌そうな顔をしていた。

「俺とかわってくんない?」

「え、あの…」

紫原が女子にそう言った。彼女は頬を赤く染めながらも戸惑っている。そりゃそうだ、紫原と一緒にやりたくて私と交代すると言ってくれたのに、紫原と代わったら元も子もない。

「駄目、私が先だから」

何も言えない彼女に代わって私が答える。応援する気はないけど邪魔する気もない。プール掃除は嫌だしどういう意図があれ代わってくれるなら万々歳だ。彼女は紫原と過ごせるし私は面倒な仕事から解放される。ウィンウィンの関係だ。

「そんなのずるいから無理」

「別にいいじゃん」

「良くねぇし〜」

かわってくんないの? と紫原が再び聞いた。やめてあげなよ、明らかに困ってるじゃん。彼女はあんたと一緒にいたいんだって。

紫原は返答をしばらく待って、何も言わない彼女に痺れを切らしたのか、はぁ、とため息をついた。

「はやく行こ〜」

「え、ちょっと、」

「部活に遅れすぎたら赤ちん怒るし」

紫原は机に置いていた私の鞄をぐいっと引っ張った。鞄を持っていた私はつられて前に出てしまう。じゃあね〜と紫原は彼女に手を振った。おい、このまま教室を出るつもりか。鞄から手を離せ。

ごめんね、と言おうとして私は後ろを振り向く。当の彼女は眉間に皺を寄せて私を睨んでいた。

今回はさすがに察した。…うわ、嫌だな、この感じ。


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