「げ、」 思わず小さな声が漏れた。慌てて口を押さえる。私は音を立てないようにしてしゃがむ。 今日は体育館整備の関係で部活がなかった。赤司は生徒会があるらしく、私は先に一人で帰った。普段は部活で夜まで学校にいるけど今日は自由だ。ラッキー、と浮かれた気分で家に帰った。 そこまでは良かった。しかし家に帰ってしばらくして、私は学校に忘れ物をしたことに気づいた。忘れたのは英語の教科書とノート。普段なら放置するが、明日提出の英語の宿題があった。今日中に家でするしかない。めんどくさい、と思いながら私は学校に再び行くことになった。せっかく部活がなかったのに損した気分だ。 学校に戻り、運動場から聞こえる部活生の声を背に教室へと向かう。日は傾きかけていて、校内に残っている生徒は殆どいなかった。 自分の教室に向かう途中に他のクラスの教室の前を通る。なんとなく教室の中を見ながら廊下を歩いていた。すると見慣れた赤い髪を見かけたお、赤司じゃん。そう思い立ち止まって見てみると、教室には赤司と見知らぬ女子生徒がいた。 「……私、赤司くんのことが好きなの」 「げ、」 ここで冒頭に戻る。 まさかの告白現場に遭遇してしまった。 私は今教室の扉の前に座っている。流石に立って廊下を歩く度胸はない。 「ごめんね…、急に驚かせるようなこと言って」 女子生徒の声ははっきりしていて、扉越しにも聞こえてきた。せめてもう少し小さな声で言ってくれたら。そしたら気づかず素通り出来たのに。 私は携帯を開き時間を確認する。今の時間から考えると、生徒会はもう終わったんだろうと思う。今日は部活がないから告白するには良いタイミングなのかもしれない。 それにしても赤司が告白される現場を見たのは初めてだ。あの顔とあの性格だし、モテるんだろうというのは知っていた。そして何回も告白されているということにも気づいていた。気づく、というより本人がわざわざ仄めかしてくるのだ。告白されたことを私に言って何になるんだ。 「赤司くんに彼女がいるのは知ってるんだけど、」 おい、それ私のことじゃないだろうな。 「でも、好きなの………」 女子生徒の消えそうな声が聞こえた。本気で好きなんだろうなと思った。そしてさすがに居づらくなってきた。 偶然出くわしただけとはいえ、人の告白を盗み聞きするのは良くない。これ以上この場にいるのはやめよう。私は四つん這いのような姿勢になって移動することに決めた。膝と手が汚れるけど仕方がない。 私は音を立てないようにしつつ、急いでその場を去った。 「そういえば、どうして昨日学校に残っていたんだい?」 「え?」 「教室の前に居ただろう」 気づいてたのかよ。 次の日。いつも通り部活が終わった帰り道。赤司はしれっとそう切り出した。ええ、ばれてたんだ。 「あー、教科書とか忘れ物してさ」 「そうなのか」 「ごめんね、盗み聞きする気はなかったんだけど」 告白されてたよね、と言ったらああ、と返ってきた。赤司の表情はいたって普通だった。少しは恥ずかしそうな顔しなよ…。告白されることに慣れてるんだなと思った。 「ちなみに断ったの?」 「ああ、今は部活が優先だと伝えた」 赤司がそうやって断る姿は簡単に想像できる。まあ告白を受けてたら私と一緒に帰るわけないか。 「名字が這って移動する姿は面白かったよ」 「えっ」 …なんでそんなことまで見てるの? 告白に集中してよ。 「だって、邪魔したくないし」 「意外と気にするんだね」 「当たり前でしょ」 さすがに気にする。誰だって気にする。 「…そういえばこないだ黄瀬が告白されてるのも見てさ、その時も音を立てないようにこっそりと離れたよ」 「へえ」 先月、昼休みに用があって裏庭に行こうとしたら黄瀬が告白されていた。あの時も気まずかった。音を立てないようにしてその場を去ったのを覚えている。 「黄瀬ってやっぱモテるんだなあと思った」 「あいつは人気があるだろうね」 「まあかっこいいし」 「…ほう」 赤司は少しだけ目を大きくした。少し驚いたような表情に見えた。 「どうしたの?」 「名字がそういうことを言うなんて意外だと思って」 「そう?」 めちゃくちゃイケメンじゃん、と続けたけど赤司は何も言わなかった。 黄瀬はなんというか目の保養枠だ。アイドル的というか、キャーキャー騒いでも許されそうな感がある。同じイケメンでも、赤司は陰から応援されるタイプだろうな。赤司に対して面と向かってキャーキャー言う女子を見たことがない。何が違うんだろう? その人が纏う雰囲気? ファンサービス? 余談だけど黄瀬は女子のファンに対するファンサービスがすごい。 「黄瀬を好きになる人が多いのもわかる気がする」 「……そうだな」 次の日の部活で、何故か黄瀬が走らされていた。 ← → 戻る |