『時代は女子から! 奥手なカレには積極的に攻めていこっ☆』 たまたまつけていた深夜番組から流れるその声を聞いて、私は思わず手に持っていたスマホを落とした。ガツ、と嫌な音がしたが気にしている場合ではない。慌ててテレビの音量をあげる。 今日は土曜日。いやもう日付が変わったから日曜日か。明日は体育館調整のため部活は昼からなので私は夜更かしをしていた。スマホで動画サイトを見てテレビはBGM代わりだったのだが、 『カレからの行動を待つなんて時代遅れ、したいことは自分からしちゃお!』 深夜の安っぽいテレビ番組。見たことのないグラビアアイドルやお笑い芸人が出ている番組のミニコーナー。私はかぶりつくようにそれを見ていた。 体に稲妻が走る、そう、それぐらいの衝撃。時代は女子から、積極的に攻めてこう、その言葉がぐるぐると頭の中を回っている。 こ、こ、こ、これだああああああ!!! 私、名字名前には世界一可愛くて世界一かっこいい彼氏がいる。秀徳高校バスケ部の絶対的なエースでもある、緑間真太郎だ。 真太郎と一緒にいるだけで人生が楽しい。ましてや付き合えているなんてとても幸せなことだ。下の名前で呼び合う仲だし、この間はプロポーズのような言葉も言われた。私たちの関係は順風満帆。なにも問題がない。 しかし、一つだけ、あえてあげるとしたらたった一つだけ不満がある。 付き合って半年が過ぎたのに、真太郎は私に一切手を出を出さない。 しかしそんな不満もたった今吹き飛んでしまった。深夜番組のミニコーナーがまるで天啓に聞こえた。 そうだ、待っている場合ではない。不満なら、私から行けば良いんだ!! そして翌日の昼。 「今日の部活後、時間はあるか」 昼からの部活に向けて真太郎と歩いている最中、そう聞かれた。私は大丈夫だよと返事をする。 「明日のラッキーアイテムの調達に付き合ってほしいのだよ」 「キーホルダーだっけ?」 「ああ」 「おっけー、行こう」 こうなることを私は予想していた。真太郎の明日のラッキーアイテムは、親しい人と購入したキーホルダーだ。こんなピンポイントなラッキーアイテムを指定してくるなんておは朝はやっぱり鬼畜だ。 しかし今日の私にとってはとてもありがたかった。真太郎との放課後デートが確定したようなものだからだ。つまり、真太郎にアタックするチャンスが舞い込んできた。 思い立ったが吉日、今日攻めてやる! 「よーし…」 「?」 一人で内心燃え上がる私を、真太郎は不思議そうに見つめていた。小首を傾げるその姿最高ですありがとうございます。 「これ可愛くない?」 「いや、もっと大きいものが良いのだよ」 「大きさ重視かあ」 目の前にあった可愛いキーホルダーを見せれば、真太郎は首を横に振った。可愛い。小さい子みたいで可愛い。私の心の中にあるスーパー可愛い真太郎アルバムにまた一つコレクションが増えた。 それにしてもキーホルダーで大きさを重視して良いのだろうか。大きいキーホルダーってぬいぐるみみたいなやつのことかな? ということは明日真太郎は大きいぬいぐるみキーホルダーを鞄につけて登校するってことかな? サイコーです。 「他の店に行くぞ」 「うん」 私たちは今、地元のショッピングモールに来ている。ここは店がたくさんあり、かなり広い。。ここでなら効率よくラッキーアイテムを探せるのだよ、と真太郎がよく訪れている場所だ。そして私もよくついて来ている。 日曜日の夜ということもあって、人が結構多い。行動を起こすには絶好の状況だと思った。 真太郎は私に一切手を出さない、だから私から攻めていく。それが昨日の深夜番組を見て私が決めたことだ。ただ手を出すと言っても、えっちな話ではない。 「…」 私の視線の先にあるのは、半歩前を歩く真太郎の大きな手。付き合ってからたった一度も触れたことがない手。しかし付き合ってから半年以上が経つ私としては、いい加減この手に触れたいと思っていた。 そう、今日私が目指しているのは手を繋ぐことだ。 少し大股で歩いて真太郎の右側に移動する。ターゲットは右手だ。左手はテーピングが巻かれているし丁寧に手入れされているからさすがに避けた。 私は少し周りを見る。人が多くて誰も私たちなんか気にしていない。絶好のタイミングだ。 よし、いくぞ。いけ、私。女は度胸だ。狙いを定めて、いけ!! えいっ、と心の中で唱えて自分の左手を真太郎の右手に重ねて、そして握った。作戦成功、そこまでは良かった。 「っ!」 しかしその瞬間、手をはらわれた。ぱっと音が小さく鳴って離れる手。びっくりして真太郎を見上げれば、真太郎も驚いた顔をして私を見ていた。 「…」 「…」 「…」 「…」 黙ったまま見つめ合う私たち。突っ立っていても道行く人の邪魔になるので、とりあえず端に寄る。お互い無言のままだった。 「……え?」 状況を理解できない。え…? 今、私、手を払い除けられた…? 手を繋いだ瞬間、離された? 待って待って待って! なにそれ、悲しすぎるんですけど!!! 「………急になんなのだよ」 驚いた顔のまま真太郎はそう言った。そう、真太郎は驚いている。 ………よし、よしよしよし、一旦落ち着こう。うん、私は拒否されたんじゃなくて、驚いて手を離されただけなんだ。うん、そうだ。無言で急に手を握ったから驚かれただけだ。私は内心反省した。真太郎のことを考えずに気持ちだけが先走りすぎた。ちゃんと言葉で伝えよう。 「手を、繋ぎたいと思って」 自分で言いながら少し照れた。私がそう言うと真太郎は少し目を開いて、しばらくして顔が真っ赤になった。私もつられてさらに照れた。 「駄目…?」 もう引っ込みがつかない。ここで攻めるのをやめたら結局振り出しに戻ってしまう。そう思って私は真太郎に左手を差し出した。頼む、繋げ、繋いでくれ。私と手を繋いでくれ。 「…ひ、必要性を感じない」 顔を赤くしたまま真太郎はそう言った。 ………必要性を感じない? 照れてる顔ははちゃめちゃに可愛いけど、言ってることは辛辣だなおい!!! 照れ顔最高にキュートだから許すけどもさすがにちょっと傷つくよ!! 「それに片手が塞がると不便なのだよ…」 「う、」 真太郎は顔を背けて片手で眼鏡をあげた。ど、ど正論すぎて何も言えない……。結構しっかり断られてちょっとショックだけれども、真太郎は顔どころか耳まで赤くなっているから照れ隠しだと信じたい。てか信じないと悲しくてやってられない。 「確かに不便かもしれないけど、」 私は息を吸って吐いた。ここで引いては女がすたる。ツンツンツンツンたまにデレな彼氏を持つ身としてこんなところで折れるわけにはいかないのだ。 「ここは人が多いから、はぐれないようにするためにも合理的だよ」 「……む」 正論なんかに負けてられるか!となんとか真太郎の説得に挑むことにする。『時代は女子から!奥手なカレには積極的に攻めていこっ☆』と昨日見た番組の一フレーズが私を後押ししてきた。そうだ、攻めるんだ。攻めていけ私、押せ押せ私、負けるな私! さまざまな言葉で自分を応援する 「それに恋人同士はスキンシップも大事だと思うし…」 恥ずかしがるな私、照れるな私。ここを乗り越えた先には念願の手を繋ぐという恋人らしい行為が待っている。 真太郎はしばらく悩んだ後、ぎゅっと目をつぶって、そして決心したように目を開いた。そしてゆっくりと私に右手を出す。 「……なら仕方ないのだよ」 私の勝ちだ!!!!!!!!! 私は差し出された手を握った。見た目通り大きくてそして温かい。真太郎はふん、と鼻を鳴らして歩き出す。私もその後に続いた。 照れてるなあと思うと可愛くて仕方なかった。はあ、最高!みんな!見て!私真太郎と手を繋いでるよ!! 人類みんな見て!!! 真太郎の手は硬くて男らしく感じる。そしてなによりも握り方が優しい。はーーーーーーーとにかく最高すぎて何も言えない。この思い出だけであと半世紀は生きていける。粘り強い自分に感謝感謝! 次の店に着いた時に手は離されたけど、私は満足だった。 「良いもの買えて良かったね」 「ああ」 人事は尽くした、と真太郎は満足げに言った。ドヤ顔ありがとうございます。 今は帰り道。真太郎のエナメルの鞄には大きなウサギのぬいぐるみがついていた。目的だったキーホルダーだ。めちゃくちゃでかくてめちゃくちゃ可愛らしい。真太郎も生きてるだけで可愛いし可愛いと可愛いの組み合わせで最高峰に可愛いな。私この短時間で可愛いって何回言った? 「おっと、」 「…気をつけるのだよ」 そんなことを考えていたらちょっと躓いてしまった。夜も遅く辺りは暗い。この道は電灯の数が少なくて足元が見えづらかった。手を繋ぐことができた幸せな日なのに、転んでしまっては元も子もない。気をつけて行こう。 「…?」 足元を確認して顔を上げれば、真太郎が私に向かって手を差し出していた。 「どうしたの?」 「…お前は常に不注意だから、こうしたほうが合理的なのだよ」 「え、」 こ、こ、これはまさか。真太郎から手を繋いでくれようとしてくれている…!!??? 「いいの?」 「…早くしろ」 か、神様〜〜〜〜〜!!!!!!!!! 喜びのあまり膝から崩れ落ちそうになるのをなんとか堪える。こんなん惚れてまうやろが!真太郎めちゃくちゃデレとんがな!! 謎に関西弁で突っ込んでしまうぐらいの衝撃。 恐る恐る真太郎の手を取ればぎゅっと握りしめてくれた。手以外の感覚なくなるかと思った。好きな人の手を握ったら握り返してくれることある? あったわ。 これって足元悪いからエスコートしてくれる的なやつだよね? はいかっこいいはい大好き。絶対結婚して。なにがなんでも結婚して。 「…なんか、珍しいね」 「なにがだ」 真太郎と手を繋いで帰るという事実が嬉しくて思わずにやけてしまう。笑いながら真太郎にそう話しかければ相変わらずの仏頂面で返事がかえってきた。口をぎゅっと真一文字に結んでいる姿はとてつもなく愛しい。 「真太郎が自分からこういうのをしてくれるの」 「……」 嬉しい、と続けて言えば真太郎は黙ったまま私の方を見た。 「……スキンシップも大切だと言ったのは、お前だろう」 最後の最後でとてつもないデレが来た。 「お、おい!」 さすがに耐えきれなくて私は膝から崩れ落ちた。死んだ、はい死んだ、はいもう死んだ。 死因、真太郎が可愛すぎて尊い死です。 ← 戻る |