夏休みが終わり、虹村先輩たち三年生が引退した。先輩たちは泣いていなかったけど、私はちょっと悲しくなった。あまり絡みがなかっとはいえ寂しいものは寂しい。 「なんか、あっという間だったね」 「なにがだい?」 「夏休み」 先輩たちが引退した今日、私は相変わらず赤司と帰っていた。 夏休みは去年と同様に部活三昧だった。全中で優勝したし内容的には濃かったのだが、その分一瞬で終わってしまったように感じる。 「全中終わって、夏休みも終わって、学校始まって、もうしばらくしたら文化祭でしょ?」 私は指折り数えながらそう言った。 「そうだな」 「はやいなあ…」 来月には文化祭がある。なんというかはやい。一年生の時の文化祭なんてついこの間のことのように思い出せるのに、もう一年経ってしまった。この調子だと中学生生活なんてすぐに終わってしまいそうだ。 「俺はずいぶん前のことのように感じるけどね」 「文化祭が?」 「ああ」 「そう? 赤司のロミオ役とかこの間じゃん」 「…」 赤司にじとっとした目で見られた。なんだその目は。 去年の文化祭での赤司のロミオ役は、インパクトが強かった分より鮮明に思い出せる。部活後に毎日のように練習に台詞合わせの練習に付き合ったしなおさらだ。何故か私がジュリエット役の台詞を覚えてしまったことは記憶に新しい。 「確かに名字が文化祭で人を殴ったことを考えるとこの間だね」 「おおっと」 まさかの反撃。 確かにそんなこともあった。あまり良い記憶ではないけど、赤司が突き飛ばされてカッとなってしまったのを覚えている。そういえば私、あれから一回も人を殴ってないな。ずいぶん成長したもんだ。自分で言うのもあれだけど、穏やかになってきた気がする。 「…そう言えば今日さあ」 「おい」 とはいえこのまま私が人を殴った話を広げられると困る。咄嗟に私は違う話題を振った。赤司が呆れた顔で見てくるけどそんなのは無視する。 「休み時間に、クラスの女子から質問攻めにあったの」 「…何故だ?」 「みんな全中を観に来てたらしくて」 全国でも強豪に入るうちのバスケ部は、校内にファンが多い。レギュラーの面々はイケメンが多いし、試合を観に来る女子は結構いる。さらに今年は二連覇ということで、全中やバスケ部についてめちゃくちゃ質問された。 「黄瀬や紫原じゃなくて名字が聞かれるんだな」 「あ、もちろん黄瀬と紫原も囲まれてたよ」 うちのクラスには黄瀬と紫原がいる。スタメンとしてバリバリ活躍した二人はもちろん囲まれていた。主に女子に。 黄瀬はいつも女子に話しかけられているから慣れた対応をしていた。黄瀬の対応に対して周りの女子もすごく嬉しそうだった。ちょっと羨ましかった。ミーハー感がすごいけど、正直私は黄瀬の顔が好きだ。 紫原は質問を少し鬱陶しそうにあしらっていた。でも途中で紫原に慣れている女子がお菓子をあげるから、と言ってからは普通に答えていた。素直なやつだなと思った。 「そういえば俺も今日は色々と聞かれたな」 「だろうね」 そりゃ主将となればより一層興味を集めるんだろう。イケメンで頭が良くて人当たりが良くて、さらに全校優勝した部活の主将だなんて、モテる要素の集合体だ。 「私も今日はモテる人間の気分を味わえたよ」 大変だった、と付け加えたらそうだろうなと返された。内心、赤司も大変と思っているんだと思った。それでもそんな素振りを表に出さないからすごいなと感心する。 「で、謝りたいことがあるんだけど」 「急にどうした」 そう、本題はここからだ。 繰り返しになるがうちのクラスには黄瀬と紫原がいる。スタメンが二人もいれば女子は自ずとそちらに集まるはずだ。バスケ部のことをわざわざ私に聞く必要はない。まあ黄瀬とか紫原本人に聞くのが恥ずかしいという子も中にはいるかもしれないけど。 じゃあ。なぜ私が女子に囲まれたかというと。 「赤司のことばっかり聞かれたんだよね」 「ほう…」 そう、私への質問攻めはほとんどが赤司についてのものだった。私が赤司と仲が良いと言うことを知っているのか、それともマネージャーだからと言う理由からかはわからないけど、ひたすら赤司について聞かれた。赤司くんって試合中はどんな感じなのとか部活ではどうなのとかもう様々だ。 「それで謝りたいことというのは?」 「このタイミングの赤司の笑顔めっちゃ怖いね」 「俺について適当なことでも言ったのか?」 「無視? 怒ってる?」 「何を言ったんだい?」 「めっちゃ笑顔じゃん」 絵に描いたような笑顔が怖すぎる件について。 多分本心は怒っていないだろうしふざけて笑顔を作っているだけというのはなんとなくわかるけどそれでも少しビビる。美形の真顔と作った笑顔ってめっちゃ怖いよね。 そして赤司の予想は外れている。確かに私は赤司と仲が良いし、ふざけて話す仲ではある。それでもよく知らない人に対して赤司について適当なことを言ったりはしない。 「適当なこととか嘘は言ってないよ」 ただ、あまりにも質問されるから途中で面倒になっただけだ。 「赤司について知りたいなら本人に聞きなよ、喜んで答えてくれるよ、って言った」 笑顔だった赤司が真顔になった。本人のことは本人に聞くのが一番、そりゃそうだ。 「おい」 「ごめんごめん」 赤司にずいっと詰められたからとりあえず平謝りしておく。 「赤司も女子に話しかけられたら嬉しいと思うよ、とも言った」 「名字?」 「ごめんって」 悪いと思っていないだろ、と言われたからそんなことないよと返した。ちょっと棒読みになったかもしれないが気のせいだ。 結局その後は赤司の追及をかわしながら帰った。軽い感じで許してくれると思ってたけど意外としつこかった。ごめんってば。 ← → 戻る |