消えない噛み跡


手は汗で濡れているし、赤司との会話もないし、すごく気まずい。とにかく気まずい。内心そんなことを思っていたら、観覧席についた。
目の前には広い芝生があって、その上にはレジャーシートが敷かれていた。もうすぐ花火が打ち上がるとあって、人がたくさんいる。けれども、各々が座る区画が決められているからか密集しているとは感じなかった。

「こっちだ」

区画に描かれたアルファベットと数字を見ながら、赤司が先導してくれる。人の間をぬっていくと私たちが座るようのスペースを見つけた。2人で座るには十分広い。これなら周りを気にせずに花火を見れそうだ。
赤司がさりげなくエスコートしてくれて、私はシートの上に腰をおろした。やっと手が離れた、と思った。ほぼ毎日一緒にいるし何回も二人で出かけているのに、お互い浴衣を着ているのもあって変に緊張する。

「観覧席から花火見るの、初めて」

なんとなく無言になるのが嫌で、赤司に話しかけた。

「俺は花火大会自体初めてだよ」

「そうなんだ」

確かにお金持ちはわざわざこんな人混みに来てまで花火を見なさそうだなと思った。赤司ぐらいの財力があったら自分で花火打ち上げれそうだしな。

観覧席は、至近距離に人がいないのもあって風が通って涼しく感じた。鞄がわりに持ってきた巾着からハンカチを取り出して首筋の汗を拭う。暑さと、あと照れで火照った頬を冷やしたかった。隣を見れば、赤司もタオルを使って額の汗を拭いていた。濡れた髪が艶っぽいなと思った。浴衣を着ているせいかいつもより大人っぽく見える。まあ普段から大人っぽいんだけど。

それにしても赤司、初めての花火大会か。初めてが私と一緒で良いのかな。なんか責任重大だな。

「せっかくだしなんか買いに行く?」

飲み物とか食べ物とか、と続けて言った。せっかく来たのなら少しでもお祭り気分を味わった方が楽しいだろうし。焼きそばや綿菓子みたいにこれぞお祭りのご飯、という屋台をここに来るまでにいくつも見た。

「いや、大丈夫だ」

「ほんと? 買いに行くのがだるいなら私買ってくるけど」

わざわざこんな観覧席まで予約してくれたし、何かお礼として買いたいと思った。そんな高いものは買えないけど。赤司に買うとしたらなんだろう。りんご飴とか良いな。見た目も綺麗だし、赤色が赤司に似合うし、お祭りっぽさもある。

「人混みは苦手なんだろう?」

「ちょっとぐらいなら頑張るよ。買ったら一瞬で帰ってくるし」

「無理をさせたくない」

じっ、と目を見つめられた。屋台や祭りの光が反射して赤く光っている。吸い込まれそうな綺麗な目だ。

「えー、赤司は優しいなぁ」

はは、と笑って私は目を逸らした。私は赤司のこの目が少し苦手だった。この大きく丸い瞳はただ見つめてくるだけじゃなくて、奥からなにかの感情を伝えようとしてくる。透き通るような瞳の中から、強い情を感じるのだ。私の気のせいだろうか。

「花火、もうそろそろかな」

私は空を見上げてそう言った。話を変えようと思った。

「あと5分ほどで始まるそうだ」

「もうすぐじゃん」

赤司は急な話の転換にはなにも触れずに時計を見てそう答えてくれた。会話が止まるのが嫌で、何か話題を、と考えてしまう。

「…こんなにたくさん人がいたら、知り合いがいるかもってちょっと探しそうになるんだよね」

「まあどこかにはいるだろうな」

「帝光中の生徒とか、バスケ部の人も探せばいそう」

自分で話しながら少し気になってきて、辺りを見渡す。見た感じ、知り合いはいなさそうだった。

「…名字はよく、周りを気にしている印象がある」

「そう?」

「俺といる時だけかもしれないが」

少しドキッとした。確かにそうかもしれない。赤司と二人でいるときは特に周りの目を気にしている気がする。今まで赤司と仲が良いせいで、噂が立ったり呼び出しを受けたりしたから余計に気にしてしまうんだろうな。

「赤司はあんまり気にならない?」

「意識したことはないな」

「そっか…」

羨ましいなと思った。きっと本心でそう言っているんだろう。周りを気にしないで良いぐらいの力を持っているもんな赤司は。

赤司を含めキセキの世代と呼ばれる五人、そして黒子、さつきちゃんはすごい能力を持っていて、側から見ていてもすごいと思う。と同時に自分には誇れるものがないな思う時がある。私は他の人よりも力が強い。でも喧嘩にばかり使ってきたし誇れるようなものではない。

そもそも比べる次元が違うから落ち込んだりはしないんだけど、ただ、たまーーーに、住む世界が違うなと思ったり思わなかったりする。赤司ってよくよく考えたらめちゃくちゃすごい人間なのに、私みたいな普通の人が隣にいていいんだろうかってたまに考えてしまう。まあ、本人にそんなことを言ったら、遠巻きにするなって言われるのがわかってるから絶対に伝えないけど。

「名字は充分に魅力的だよ」

「え?」

聞こえた言葉に反応して、驚いて隣の赤司を見た。え、もしかして、私の心の中を読んだ?

「…少なくとも俺にとっては」

赤司は下を向いていて、表情は読み取れなかった。

「…」

「…」

「……」

…な、なんて返すのが正解かわからない。

今、赤司、私のことを魅力的だって言ったよね? 要するに、励ましてくれたんだよね? 周りをあんまり気にするな!的な励ましと受け取って良い…んだよね?

私は何も言えなくて、二人の間にしばらく沈黙が続いた。

「……名字」

赤司が息を小さく吐いて、私の名前を呼んだ。

「俺は、」

「わあ!!!」

赤司の言葉に被せて、子供の叫ぶ声が聞こえた。すぐに空が光って、遅れてドン、ドン、と花火の打ち上がる音が鳴り響く。花火大会が始まった。辺りが歓声に包まれた。大きな音とともに花火が何発も咲いていく。

周りの人は空に広がる花火を一心に見ていて、私もそれに合わせて空を指差した。

「赤司、花火始まったよ!」

助かった、と心のどこかで思った。


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