どうか鼓動はばれないで


「やあ」

来てしまった。どこにって、花火大会に。

待ち合わせ場所として指定された駅に来ればそこにはもう赤司がいて、私の姿を見て笑顔で片手を挙げてくれた。私も手を振ってそれに答える。

赤司は暗い無地の灰色の浴衣に黒の帯を合わせて着ていた。いやいやいや、様になりすぎ。似合いすぎ。周りの女子からチラチラ見られているのはきっと気のせいじゃないんだろう。

そして実は、私も浴衣を着て来ている。青地に赤の模様の入った、よくある柄のやつだ。

「浴衣、似合っているな」

「赤司ほどじゃないよ」

もともと浴衣なんて着てくるつもりはなかった。あのメールの後、浴衣を着て来てくれないかと言われて、持ってない気がすると嘘をついたら、じゃあ買ってあげようかなんてこいつが言うから。慌てて家中を探してやっと見つけたのがこの浴衣なのだ。浴衣を着るのなんていつぶりだろう。サイズが合って良かった。

「じゃあ行こうか」

周りは同じく浴衣を着た人で溢れていた。花火が始まるまであと二十分。駅前は待ち合わせや会場に向かう人でとても混雑している。

「どのくらい歩くの?」

申し訳ないことに私は今回の花火大会についてあまり把握していない。この一週間、部活と宿題で忙しかったのと赤司が俺に任せて良いって言ってくれたからだ。

「すぐだ、ほら」

当たり前かのように手を差し出されて一瞬固まる。あ、握手? そんな訳はない。

「手繋ぐの?」

「その履物で人混みを歩くのは大変だろう」

「…そうだね」

赤司の顔には照れなど全くなくていたって素の表情をしていた。そうか、紳士だもんな赤司。これも手を繋ぐとかじゃなくてエスコート的なやつになるんだな。いやそれはそれで少し緊張するけども。

いつまでも赤司に手を差し出させるわけにはいかないので、恐る恐る手を握る。うわ、…意外と赤司って手がでかいんだな。

赤司は何も言わず繋いだ手を一瞥して、そのまま前を向いて歩き始めた。半歩後ろを追うように私もその後に続く。
何故か赤司の背が見れなくて視線は足元へとうつった。いや、普通に恥ずかしいな。てかこれ、傍目から見たらそういう男女に見えるやつ。…知り合いいませんように。

「…」

つい照れてしまって、何も言えなくなる。
だって、そりゃあ、赤司はエスコート的な感じで慣れているんだろうけど、私は異性と手を繋ぐことになんて慣れていない。ていうかいつぶりだろう。幼稚園ぶりとかそのぐらいなんだけど。

日は傾いてきたとはいえまだ蒸し暑い。ジメジメとした空気に当てられて、私は手汗が気になって仕方なかった。こういうのは一度気になるとずっと気になってしまう。すごい量の手汗をかいてる気がする。繋いだ手の間が湿ってるし。ちょっと一回拭かせてほしい。

次赤司と目があったら手を拭かせてと言おう、と思って私は顔を上げたが赤司は一切こっちを向かなかった。歩調はゆっくりで私の歩くペースに合わせてくれているけど、視線はずっと前を向いていて。こっちを見てくれ頼むから。

「わっ!」

なんて考えてたら、突然右隣からやってきた人に驚いて少しよろけてしまう。なんとか避けたけど反射的に赤司の背中にぶつかってしまった。軽く体当たりしてしまった。

「あ、ごめん」

「…大丈夫か」

ここでやっと赤司と目が合った。大丈夫大丈夫、と空いてる方の手を振ればそうかという返事が返ってくる。赤司はいつもの澄ました顔をしていた。お前はいつも余裕そうだな。

「もう少しの辛抱だ」

なにが? 手を繋ぐことが?と思ったけど、すぐに人混みを歩くことに対する台詞だと気づいた。先週人混み苦手って言ったばかりだしな。その辺赤司は気を使ってくれそう。

目が合ったら手汗のことを言おうと思ってたけど、もう少しというのならまあ我慢しようかなという気分になる。ごめんね赤司、手汗びちょびちょで。

「てか、あれ? 赤司、」

「どうした」

赤司の顔を見てると、とある違和感に気づいた。

「暑い?」

暗闇で分かりづらいが、顔が少し赤くなっていた。顔赤いよ、と指差しながらそう言えば赤司は一瞬だけ動きを止めた。

「…気にしなくて、良い」

「え」

少し早口でそう言って、再び前を向いて歩き始めた。私も慌てて後に続く。

赤司も照れている、という可能性に気づいたのはそれからしばらく経ってからだった。


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