翻弄されてみませんか


「お、」

「あ、マネージャーじゃん」

ちょっとした事件が起きた。今日は夏休み最後の席替えの日。朝のホームルームでくじを引いて、指定された場所に移動すれば目の前は紫原だった。教室のちょうどど真ん中の席だ。
紫原はいつもの眠たそうな顔で私を一瞥してそう言ったかと思えば、すぐに前を向いて座ってしまった。やけにあっさりだな。でもまあ特に仲が良いわけでも話すわけでもないので私も気にせず席に着く。
左右と後ろはあまり喋ったことない人で取り残された感がすごかった。さらに周りを見てみれば、一番前の右端に黄瀬が座ってるのが見える。うわ、この席だったら授業中に黄瀬見れるじゃん。たまに見ようかな。私はもうすっかり黄瀬のファンだった。ミーハーでごめん。

「(まじか…)」

全員が席を移動した後、そのまま担任の教科の授業に入り、賑やかだった教室もすっかり授業モードに変わった。私はノートを出しペンを握って前を向く。先生の説明ともに黒板に文字が書かれて行き、それに合わせて私はノートに書こうとした。すると私はとあることに気づく。

「(前が見えない…)」

そう、紫原のせいで全く前が見えないのだ。広い背中が黒板を覆い尽くしていてなにも見えなかった。てか、紫原の背中ってめちゃくちゃ広いな。なんだこれ、本当に同じ歳?
背中を避けるようにして前後左右に体を傾けるがいまいちよく見えない。えー、どうしよう。困ったな。でも、紫原に見えないからどいてって言うのも違うしな。体のデカさに関しては紫原のせいじゃないし。今まで紫原の後ろの席だった人たちってどうしてたんだろ。

しかし、しばらくしてその悩みは解消された。

「(よく見える…)」

授業が始まってわずか五分。紫原はあくびをしたかと思うとそのまま突っ伏してしまった。そのまま授業が終わるまでずっと起き上がることはなかった。おかげで黒板がよく見えた。
次の授業も、そのまた次の授業もそんな感じで、前が見えなくて困ることはほぼなかった。なるほど、どうりで今まで紫原の後ろが見にくいとかいう話を聞かなかったわけだ。
てかこいつ、試験の成績上位なのにこんなに寝てるのか。これであんだけ点とれるのすごいな。

「ね〜」

「なに?」

「さっき提出物のこと先生なんか言ってた?」

お昼の授業の後、休み時間にのそっと起きた紫原は私の方を見てそう聞いてきた。ここ次の宿題にするって、とページを指差して教える。

「ありがと〜」

ヘラっと笑って紫原はそう言った。あんまり知らないけど、まあ、悪いやつじゃないよなあ。



「あんたと赤ちんってなにもないの?」

「ないけど」

「ふーん」

放課後。さあ部活に行くかと思ったら紫原が急にそんなことを言ってきた。ない、と即答したけど紫原は納得いかないという表情をしている。なんかめんどくさいことになりそうだな。
紫原は椅子の背に顎を乗せて見上げるようにして私を見つめてくる。それに合わせて私も椅子に腰を下ろした。部活が始まるまではまだ時間があるしまあ良いか。ちょっとだけ紫原と話そう。

「赤ちんはあんたのこと好きだと思うけど」

出ました、この話題。ため息をつきそうになるのをなんとか堪える。赤司が私のことをどう思ってるのか、この一年半で様々な人から聞かれている質問だ。もはや聞き飽きたよ。
昔の私なら、この質問に対して戸惑ったり慌ててごまかしたりしていただろう。しかし、今の私は違うのだ。私は右手で頬杖をついて、余裕を持って口を開いた。

「友達としてじゃない?」

「友達?」

「赤司他に女友達いなさそうだし、単に距離が近いだけな気がする」

「…そう言われればそーかも」

「でしょ?」

見てくださいよこの完璧な答え。見事に紫原を言いくるめることができた。その質問はもはや聞かれ慣れてるし対応は完璧なのだ。今更慌てるようなこともない。いやあ、私も成長したなあ。頬杖をつきながら自分の成長に想いを馳せる。

「それにしてもほんと仲良いよね〜」

えっ、まだ続くのこの話。

椅子に顎をつけながら、紫原は変わらぬ調子で口を開く。真意が読めなくて少しびっくりしたけど、気づかれないように話を合わせることにした。

「まあそうかな」

「よく二人で遊んだりしてるんでしょ〜?」

やたらと詳しいな。どこから聞いた? と思ったけどすぐに察する。多分赤司自分で言ってるな。

「赤司といると楽なんだよね」

まあ良いか、と思った。紫原はそんな変な噂を流すようなやつじゃないし、たまにはこんな話をするのも良いかもしれない。むしろこんな話、紫原以外と出来ないんじゃないか。

「楽?」

「気を使わなくて良いし、一緒にいて楽しいし」

「へえ」

「中学入ってから赤司と一番遊んでるかも」

「仲良すぎない〜?」

「うん、仲良し」

滅多にしない赤司との話をしてるうちにちょっと楽しくなってきて、思わず紫原に笑いかけた。そんな私を見て紫原は少しだけ目を丸くする。

「なんかあんたそんなこと言わなさそうなのに、意外〜」

「だって本当のことだし」

「赤ちんのこと大好きじゃん」

「大好きだよ」

「あ、」

ふふふ、とさらに笑いかければ紫原は声をあげた。その視線は私ではなく私の後ろを向いていて。それにつられてなんとなく後ろを見た。

「うわ!」

そしたら赤司がいた。嘘でしょ、赤司の話をしてたら赤司が現れた。しかも私の真後ろに現れた。しかも真顔で。え、こわいんだけど。赤司、違うクラスなのになんでここにいるの。噂をすればなんとやら、ってやつ? 召喚でもされた? 赤司ならあり得るな…。

「赤ちんじゃん、どーしたの」

「やあ」

やっほーと紫原が手を振る。赤司は手に書類を持っていて、それを紫原に差し出した。

「新しい練習メニューができたからレギュラーに配りにきたんだ、練習までに目を通していてくれ」

「はあい」

「黄瀬にも渡してくるよ」

そう言って赤司はさっさと黄瀬の方へと歩いて行った。何か変だ。

赤司が話している間、私は赤司を見ていたのだが目が合うことはなかった。これはすごく珍しい。いつもなら絶対に話しかけてくるのに。私と紫原の組み合わせなんて一番話しかけやすいだろうに。
なのに、視線すら合わなくて、なんならいつもより少し早口のように感じた。ていうか、なんていうか、気のせいかもしれないけど、

「なんか赤ちん変だったね〜」

もしかして照れてた…?


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