子供のようにたわむれて


「ねえねえ! 赤司先輩って彼女出来たらしいよ!」

休み時間、トイレに行ったらそんな会話が聞こえてきた。用を足して出ようとしてたところだったのだが、思わず踏みとどまる。え? そうなの?
赤司のことを先輩付けで呼んでるところから想像するに、話している子たちは一年生なんだろう。

「えーうそショック! そうなの?」

「うん、相手が誰かは知らないけどバスケ部の子が言ってたもん」

まじか。私も少しだけショックを受ける。なんてこった、知らなかったよ赤司。

あの賭けから一週間。私はちゃんと赤司と一緒に下校していた。しかも車じゃなくて徒歩、しかもしかも私の家まで送ってくれる。いや優しすぎかよ。最初はそんな一緒に帰っても今更話すことないだろとか思ってたけど、意外と赤司との会話は続いた。その日あったこととか部活の話とかたわいのない話だ。でもその中に、彼女が出来たなんて話は一切なかった。水臭すぎるだろ。彼女が出来たなんて一大イベント、真っ先に私に教えてくれてもいいじゃん。まあまあ仲良いでしょ。



「ていう話を今日聞いたんだけど」

その日の帰り道、私は単刀直入に赤司にそう聞いた。

「彼女できたなら教えてくれたっていいじゃん」

「…そうなのか?」

「えっ、自分のことでしょ」

少しだけ眉を顰めて首を傾ける赤司。夏に向けて日が伸びてきた今、その顔は夕日で橙に染まっていた。てか待って、自分のことなのにそうなのか? ってなに。

「誰が言ってたんだ」

「誰かは知らないけど一年の子」

「ほう」

「バスケ部の子に聞いたって言ってた」

「ほう」

改めて考えると一年の子の中で赤司って有名人なのかな。部活が違う先輩とか、私誰も知らないや。ましてやそんな彼女が出来ただの全く興味がない。なのにあれだけきゃいきゃい話されるなんて、赤司って人気者なんだな。まあ赤司ってなんか後輩にモテそうだし…わかる。オーラがあるしかっこいいしね。

「おそらくだが、」

しばらく考え込む素振りをした後、赤司は口を開いた。くりっとした大きい目と視線が合う。

「名字のことだろうな」

「えっ」

まじかよ。

「…なんで?」

「一昨日のこの時間、一年のマネージャーに見られていたから勘違いしたんだろう」

なんだそれ。赤司の彼女が、まさか、私だったというオチ。いや彼女じゃねーよ。
そもそも一緒に帰ってるだけで付き合ってるとかそんな馬鹿な…。家の方向が同じとかいうパターンもあるかもしれないじゃん。まあ私たちは違うんだけど。

「明日訂正しとこう…」

「何故だ?」

「いや、だって嘘だし」

嘘だから訂正したいという気持ち半分。赤司のファンにこのことを知られたら去年みたいに面倒くさいことになりそうだという気持ちが半分。まあ去年一回暴れたし、あそこまで酷い嫌がらせはされないだろうけど、それでも用心するに越したことはない。

「別に良いだろう」

しかし赤司はケロっとした顔でそう言った。

「なんで?」

「人の噂なんてすぐに消えるさ」

去年あったことを忘れたのかこいつは。いやいやいや、と否定する私を赤司はまんざらでもなさそうに見てくる。なんでそんな顔してんだ。

「それに個人的な話なんだが、」

「なに?」

「勘違いされてた方が、俺からしたら告白される手間が減って良い」

「私の代償でかすぎない?」

とんでもないことを笑顔で言い放つな。冗談だよ、と言うけど赤司が言うと冗談に聞こえないんだよ。
てか、やっぱりと言うかなんと言うか、そんなに日常的に告白されてるんだ赤司って。当たり前だけどそりゃモテるよなあ。てか告白されることを手間って言うな馬鹿。

「試しに手でも繋いでみるか?」

「面白がらないでよ」

楽しそうに目を細めて手を差し出されたから、こら、とその手を軽く叩く。そんな私の態度に赤司はふふっと笑った。


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