かわいい距離感


ついに試験当日の朝を迎えた。あのあと赤司に緑間との勉強会についてなにも言われることはなく、昨日まで勉強会は続いた。緑間との微妙な小競り合いは毎日起きたが、それでもかなり力がついた気がする。今までで一番自信があると言っても過言ではない。

「見覚えのあるブスじゃねえか」

登校途中、とんでもない暴言が斜め後ろから聞こえたので振り向けばそこには灰崎がいた。久しぶりに見たな。てか久しぶりに会った第一声目がそれか。ぶん殴っていいかな。

「なにあんた喧嘩売ってんの」

「別に売ってねーよ」

だりーと言いながら灰崎はあくびをひとつした。頭をガリガリとかくその姿は本当にだるそうに見える。なんとなく、そのまま無視できない気持ちになって、私は歩くペースを落として灰崎の横に並んだ。拒絶はされなかった。

「バスケ部戻る気ないの?」

「ねえだろ」

「だよね」

「お前が赤司辞めさせてくれるなら良いぜ」

「んなこと出来るわけないじゃん」

「まあそーか」

久しぶりで気まずいかと思ったけど意外と会話はスムーズに続いた。内容的にスムーズと言っていいか微妙だけど。

「お前赤司大好きだもんな」

「そんなんじゃないって」

「あっそ」

そして再び灰崎はあくびをする。気づかなかったが、私と反対側の頬に大きなガーゼが貼られていた。

「喧嘩したの?」

それ、と頬を指差しながら私は聞く。風の噂で灰崎はバスケ部を辞めてから喧嘩がより増えたと聞いたことがある。

「そうだけど」

「喧嘩、辞めときなよ」

「関係ねーだろ」

「ちょっとは気になるの」

「腹立ったら止まんねえんだよ。わかんだろお前も」

灰崎は私の目を見てそう言った。わかるよ、私もきっと灰崎と同じ種類の人間だ。でも、

「私は我慢できるようになったよ」

「へー」

「それでもむかつくことはあるけど」

「おーこわ」

灰崎は少しだけ笑う。そんな話をしていたらいつのまにか校門についていた。

「俺あっちだから」

じゃーな、と後ろ手に軽く手を振って灰崎は去っていった。なぜかバスケ部の時よりも自然に話ができた気がする。もうあいつが部活に戻ってくることはないだろうけど、上手いんだから高校で続けたらいいのに。灰崎の背中を見ながらふとそう思った。



「終わった〜!」

誰かのその言葉を皮切りに教室がわいわいと騒がしくなる。そう、終わった。短くも長くも感じた試験がついに今、終わったのだ。解放された気持ちでいっぱいだ。
今回の試験はは三年が一日長く行われるらしく、なんとその関係で今日は部活が休みである。なんてことだ。今は十二時。今から帰るとして、午後からなんだって出来るじゃんか。私はとても晴れやかな気持ちに包まれていた。

筆記用具を筆箱にしまい、ふと携帯を見るとメールが一件来ていた。こっそりとメールを見ればなんとなんと赤司からだった。受信時刻はついさっき。意外だ。赤司って学校で携帯触るんだ。

『行きたいところがあるんだが今から空いているか』

メールにはそれだけ書いていた。おお、赤司から遊びのお誘いが来た。今日のこれからの予定は空いているうえに試験が終わった解放感からこのまま家に帰るのはもったいないと思っていたのでちょうど良い。私は赤司に大丈夫という内容の返事を送った。それにしてもどこに行くんだろう。またラーメンかな、カラオケかな。



「黒子たちが来たと聞いて、以前から行きたいと思っていてね」

賑やかな音楽にきらびやかな光。私たちは今ゲームセンターに来ていた。どこに連れていかれても驚かないでおこうと思ったけどこれにはやはり少し驚く。赤司と二人でゲームセンターに来るなんてレア体験すぎないか。
赤司は少し嬉しそうに店内を見渡していた。今まで何回も思っているけどやっぱり赤司ってこういうところ似合わないよなあ。お忍びの貴族感。

「名字は来たことがあるかい?」

「いや、あんまないかな」

ゲームセンターには小さい頃友達とコインゲームをしにきたことがあるが、それぐらいだ。特に中学になってからは部活が忙しくて一度も来たことがなかった。
平日の午後というものもありゲームセンターにそれほど人はいなかった。学生らしき人もあまりいない。今更人に見られるのを気にするわけじゃないけど、それでも見られないに越したことはない。だってこれ、男女二人で来てたら付き合ってるように見えるじゃん。勘違いされることには去年でもう懲りたのでその辺は少し慎重にいきたい。

「なにかしたいのある?」

「あれとかどうだ」

「あれ?」

てっきりUFOキャッチャーとか選ぶのかなと思ったら、赤司が指をさしたのは大きなサンドバックだった。てかUFOキャッチャーめちゃくちゃ上手そうだな。まじでなんでも取れそう。偏見です。
話を戻して。そのサンドバックの上にはでかでかとパンチングマシンという文字が書いていた。ああ、なるほど。横には電光掲示板がありポイントと書かれている。おそらくあのサンドバックを殴ったら強さがポイントとして表される感じなんだろう。

「こういうの興味あるんだね、意外」

まあ赤司も男子だし力比べとか好きなのかな。そう思って聞いたのだが赤司は平然とした顔で言った。

「俺じゃなくて名字にやってほしいんだよ」

「私?」

「優勝できるんじゃないか」

赤司の視線の先には今月のランキング!と書かれたホワイトボードがあった。下には一位二位三位と並んで書かれていてその横にはニックネームらしき名前、そしてポイントが書かれている。ポイントの基準はよくわからないけど一位は146ポイントらしい。優勝というのはこのランキングのことを言ってるんだろう。てか私? 赤司じゃなくて私がするの?

「ええ、やだよ」

「良いだろう?」

「ちょ、」

「見てみたいんだよ」

楽しそうに赤司はそう言って、いつのまにか出していた百円玉をゲーム機に入れてしまった。おい人の話を聞け赤司。ピロリンと軽快な音を立ててパンチングマシンが音楽を奏で出した。ええ…とは思いつつも、まあおごりならやってもいいかなとも思う。仕方なく、そばにあったグローブを右手にはめた。大人用なのか少し大きい。

「先に言っとくけど、こういうのって大人の人もやってるから一位とるとか本当に無理だよ」

「フリか?」

「そういうのどこで覚えたの?」

肩を軽くぐるぐると回す。力一杯いってくれ、と赤司が言った。せっかくおごりでやるなら本気でやらないと意味がない。私は気持ちが乗るように最近腹が立ったことを思い出すことにした。最近腹が立ったこと、それは試験の日の朝に会った灰崎のことだった。「見覚えのあるブス」…あのくそ野郎!!!

ドカッ

鈍い音がして、しばらく間が空いてからパンチングマシンがけたたましく音を鳴らし始めた。ファンファーが鳴り響き、電光掲示板にはおめでとうの文字と共に182という数字が表示される。

「…」

「…」

私たちはお互い目を丸くして顔を見合わせた。まさか、本当にフリになるとは。


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