きっかけはひとつで良いの



「名字、話があるのだよ」

「は?」

「着替えしだい体育館裏に来い」

部活終わりに突然そう言われた。語尾でお察しの通り緑間から言われたのである。ちなみに緑間から呼び出される心当たりなんて全くない。え? まじでなに?
呼び出す理由を聞こうとしたが、緑間はそのままさっさと更衣室へと行ってしまった。私が断るという選択肢を用意しないのかあの眼鏡。

でもまあ特にこのあと用事がある訳でもないし。心当たりはまったくないがとりあえず行ってみよう。変な用件だったらさっさと帰れば良いし。
体育館の片付けをしてジャージを着替えて、指定された場所へと向かう。そこでは緑間が一人立って待っていた。しかも何故か仁王立ち。なんでだ。

「ねえ、なに?」

「…もうすぐ試験があるだろう」

「うん」

たしか明後日かそのぐらいから試験期間に入るはずだ。試験期間に入れば、試験一週間前ということで部活が休みになる。その分ちゃんと勉強しないとなあ。
そういえば去年は赤司と勉強会をしたけど、今年はどうなるのだろう。クラス離れちゃったし。

「俺と共に勉強するのだよ」

「……え?」

そんなことを考えていたら、とんでもない台詞が緑間の口から出てきた。

「私と緑間が、一緒に勉強?」

「そうだ」

「あ、一年の時みたいに赤司と三人でするってこと?」

「いや、二人でだ」

「……なんで?」

本当になんで?

緑間の顔は至って真剣だから冗談というわけでもなさそうだ。それにしても二人だけの勉強に誘われるってどういうこと。私と緑間はそこまで仲が良いわけでもないし。真意が全くわからない。

「以前の試験の際、俺がお前に何回か勉強を教えただろう」

「うん」

「そしてお前は順位があがった」

「そうだね」

「点数はどうだった」

確かに前回の勉強会では、わからなかった問題を赤司だけではなく緑間にも教えてもらった。そして結果として順位は緑間に並ぶ二位で過去最高によかったのだ。そして全体の合計点も確かあがっていたはずだ。

「点数は良くなってたよ」

「俺も、今までで一番点数が良かったのだよ」

「へえ」

「どうやら人に教えると自分の勉強にもなるというのは本当らしい。そこでだ、」

腕を組みながら自信ありげに言う緑間は真剣な顔をしていた。

「俺たちは、赤司を倒すために協力すべきだ」

「赤司を、倒す?」

話が少しずつ見えてきた。

緑間が赤司に将棋や試験で勝とうとしているのは前から知っていた。そして赤司には未だに勝っていないということも知っている。

「お前に分からないところを教えれば、点数が伸びる。これを繰り返せば赤司にも勝てるはずなのだよ」

「なるほど」

つまり私が緑間に勉強を教えて貰って、お互いの点数を伸ばして赤司に追いつけ追い越せという作戦らしい。これで共に勉強しよう、と言われた理由はわかった。

「でもどうやってするの?」

「なにがだ」

「勉強会だよ。私と緑間はクラスが違うじゃん」

「図書室ですれば良いだろう」

「まじか」

試験前の図書室って確か結構人が多いはず。そんな人がいる前でこんな目立つ男と二人きりで勉強するのか私は。

「とりあえず、分からない問題ががあれば赤司に聞かず全て俺に聞け」

「えー、…まあいいや。わかった」

「なんでも答えてやる」

緑間は鼻を鳴らしてそう言った。なんでこいつはこんなに偉そうなんだろう。意味がわからない質問でもしてやろうか。

「あと、このことは赤司には秘密にしろ、良いな」

「無理じゃない?」

「何故だ」

「私たちが図書室にいるって知ったら、赤司も来そうじゃん」

図書室で緑間と勉強をしていたらきっと噂になるだろう。もしその噂を赤司が聞けば図書室まで来そうな気がする。うん、緑間も私も赤司の友達だし、間違いなく来る。

「…ならば部室で行おう」

「あー…、図書室よりはバレなさそうだけど」

赤司ならすぐに勘づいて、なにをしているのか聞いてきそうじゃない? そう言えば緑間は小さく唸った。赤司はこういうことに対する勘がめちゃくちゃ良いからな。すぐにバレそう。

「そこはなんとか…誤魔化すのだよ」

「作戦がアバウトすぎる」



結局、私は緑間からの提案を受け入れることにした。
前回の試験で自信がつき、赤司に勝ってみたいという気持ちが少し出てきたのだ。勉強会も部室で行うならほかの人に知られなさそうだし、緑間の教え方もわかりやすいから悪い条件ではない。というわけで、今回は緑間と二人で勉強をすることになった。のだが、


「名字、今回も一緒に勉強をしないか」

部活が終わったあと、赤司に声をかけられたかと思えばそう言われたので私は思わず固まった。うわ、どうしよう。

「いや、ごめん、ほかの人と予定があって…」

「…そうなのか」

赤司は少し寂しげな顔でそう答えた。あああああごめん赤司。嘘はついていないんだけど隠し事をしているという罪悪感が半端ない。



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